「な……っ」
 室内に戦慄が走る。上官が怒鳴った。
「私軍は? 陛下達の護衛隊がいたはずだ! それに、守衛隊の者も何をしていたんだ!?」
「それが……犯人らの中に魔女もいるようで、来賓の方に化けて侵入して来たようで……。陛下を人質に取られ、私軍も手出し出来ない状況です。現在、化けられた本者の方々の所在を確認しています」
「ええい! そんなもの、後でいいわ! 城内の兵を掻き集めろ! 大広間を包囲し、謀叛人共を引っ捕らえるんだ! 本者の所在確認なんかに行かせた奴も、呼び戻せ!」
「いや、化けられた人の所へはそのまま向かわせろ」
 口を挟んだのは、ルエラだった。ブィックスの上官は、困ったように笑う。子供をあやすような笑顔だった。
「姫様。これは、命に関わる事件です。ここは我々に任せて、どうか安全な場所へ……」
「敵に魔女がいるならば、その特性を知るためにも接触した可能性のある人物に話を聞いた方が良い。本者を来させないためにも、どこかに囚われている可能性が高いからな」
 わずか八歳とはとても思えぬ落ち着き払った口調で述べ、ルエラは控え室にいる兵達をぐるりと見回した。
「守衛隊は予定通り、各自の配置につけ。包囲されるなんてあちらも想定しているはずだ。となれば、外にも味方がいたり、どこかに逃げ道を用意している事だろう。警戒を怠るな。必ず二名以上で合図の届く範囲にいるようにし、何かあれば直ぐに伝達するよう。
 ブルザ、第三部隊も出動だ。オゾンに報告を。大広間の応援に行ってやってくれ」
「はっ」
 幼い少女の命令に、ブルザは戸惑う様子もなく敬礼する。
「私も現場を応援します!」
 ブィックスは、声を張り上げ割って入った。
「私は魔法使いです。お役に立てるはずです……!」
「黙れ、ブィックス。出しゃ張るな。守衛隊は持ち場を守るのが仕事だ。お前は、私の指示に従っていればいい」
 自分も最初は全員で現場へ特攻しようとしたにも関わらず、そんな事は棚に上げて上官が言った。ブィックスは、グッと黙り込む。
「またやってるよ、あいつ」
「懲りないよな。魔法使いだから特別だとか思ってるんだろ」
「魔法使いってだけで、士官学校でも色々免除されてたしな……」
 ヒソヒソと同僚達の囁く声が聞こえる。
 ブルザは、ルエラの手を引いた。
「では、姫様も、お部屋へ――」
「部屋へは戻らん。大広間の外にも敵がいるとすれば、後宮への道は当然張られている事だろう。かと言って大勢の護衛を別の場所へ配置すれば、必然と目立つ事になる。大広間で膠着状態に陥っている隊員もいる今、囮に複数の場所に護衛を配置する人員的余裕も無い。私の護衛は、一人いればそれで良い」
 そう言うと、ルエラは振り返った。翡翠色の瞳が、ブィックスを見上げる。
「ポーラ・ブィックス准尉。私の護衛を頼めるか」
 突然の司令に、ブィックスは返事も忘れ目を瞬く。ブィックスの上官が、慌てて割って入った。
「それなら、私がお供しましょう。此奴は魔法使いではありますが、士官学校を卒業したてのまだまだヒヨッコです。姫様を一人でお守りするなんて、そんな大層な役目はとても……」
「お前には、守衛隊を取りまとめると言う重要な役割があるだろう。准尉なら出来る。私がそう判断したんだ」
「姫様。それでは、私も――」
 名乗り出た己の従者を、ルエラは片手を上げて制した。
「ブルザ大尉は、オゾン中将へ報告に行ってくれ。それから、私からの合図があったら、大広間へ隊を突入させて欲しい。お前にしか出来ない事だ」
 ブルザはハッとした表情になり、うなずいた。
「どうか、危険な真似はなされませんよう」
 念を押すように言って、ブルザは守衛隊の控え室を出て行った。
 ルエラは、ブィックスを振り仰ぐ、
「さあ、我々も行こうか。ブィックス」

「どちらへ行かれるおつもりですか。出歩くよりは、控え室にいらっしゃった方が……」
 後宮どころか大広間に近付いて行くルエラの後に付き従いながら、ブィックスは問うた。
 とは言え、大広間は一階。ルエラは、階段を上がり続けている。いったいどこへ向かおうとしているのか、さっぱり見当が付かない。
「私を捕まえる事の出来たお前をわざわざ指名して、ただの子供のお守りを任せるとでも思ったのか?」
 ルエラは口の端を上げて笑うと、ブィックスの横に掛かった絵画に手をついた。絵画かと思われたそれは、まるで扉のように押し開かれ、大人一人がやっと通れるような狭い穴が姿を現した。穴の奥は急な勾配になっていて、その先は闇の中へと続いている。
「隠し通路……!?」
 息をのむブィックスを、ルエラは強く突き飛ばした。不意をつかれ、ブィックスは穴へと頭から転がり込む。通路は見た目以上に急で、そのままブィックスは坂を滑り落ちて行った。
「叫んだりはするなよ。石に囲まれた空洞と言うのは、意外と音が響くからな」
 そう言って、ルエラもブィックスの後を追い通路を滑り降りて行った。

 暗闇の中を、ブィックスは落ちて行く。この通路は、いったいどこまで続いているのか。上下左右に壁が迫っていて、体勢を変えられる事もできない。もし坂の終わりが狭いスペースなら、このままでは壁に顔面衝突だ。
 ブィックスは、手のひらに電流を走らせる。青白い光が、冷たい石の通路を照らし出した。
 元々滑り降りる事を想定されているかのような、止まる事のできない急勾配。下まで到着するのに、そう長くはかからなかった。上下左右の壁が突如なくなり、ブィックスは平坦な床の上を四、五メートル程進んで停止した。
 起き上がり、手をかざして辺りを見回す。そこは、太いパイプのようなものが縦横無尽に行き交う広い空洞だった。天井は低く、手を伸ばせば届いてしまう。端の壁に、ブィックスの滑り降りて来た穴がぽっかりと小さく空いていた。その穴から小さな少女が滑り出て来て、慣れた様子ですくっと立ち上がる。
「いざと言う時のために、随所にこう言う道が用意されているんだ。ここは、大広間の真上だ。ブルザでは、この通路は通れないからな」
「な……」
 ブィックスは息をのむ。
「そんな……危険過ぎます! 現場へお近付きになるなんて……早く、この場所から離れましょう」
「ここから出ようと思ったら、大広間へ降りるしかない。ほら、あそこに幽かに光が漏れているだろう? あそこに扉があるんだ。大広間は、玉座の背や出入口の横など、随所にカーテンが引かれているだろう。あの扉から、出入口横のカーテンと壁の間へ降りる事が出来る」
 ブィックスはこめかみを押さえた。王女を護衛する第三部隊は特に大変だと言われる意味がよく分かった。
「どう言うおつもりですか。自ら、敵の掌中に飛び込むなど……」
「心配せずとも、私はここに大人しく隠れているさ。飛び込むのは、お前だけだ」
 ルエラは軽く肩をすくめて言った。
「准尉に一任しよう。よろしく頼むぞ、ブィックス」


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2015.08.10

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