天井裏の床には所々隙間が開いていて、大広間の様子が覗きこめるようになっていた。敵は五人。男が二人と、女が一人。いずれも舞踏会に紛れ込むため、タキシードやドレスを身にまとっている。女は国王マティアスの肩を抑え、もう一方の手を彼の首筋に当てていた。武器も防具もなさそうな、肩を出したドレス。恐らく、彼女が魔女なのだろう。その両脇には男が立ち、自分達を取り囲む大衆に拳銃を向けている。
 軍の者は、包囲していると言うにはあまりにも少なかった。恐らく、元々会場内にいた者が残っているだけなのだろう。軍も、来賓の者達も、国王を人質に取られ、身動き一つ取れずにいた。銃を持った長髪の男が、声を張り上げる。
「さあ、ノエル殿下を渡してもらおうか。王家の血を引かぬ者など、王子としてふさわしくない!」
 男の言葉を拒絶するように、クレア王妃がノエル王子を抱き寄せる。二人を囲む私軍の者達も、己が主を守るように武器を構える。
「いい加減、答えろ! よそ者の王子と、国王陛下、どちらの命を選ぶのか!」
(なるほど……そう言う事か)
 国王マティアスが後妻として選んだ女性クレアには、連れ子がいた。当然その子も王子としてリム城へと迎え入れられた訳だが、それを快く思わない者達もいる。彼らはその、過激派――あるいは、過激派の誰かに雇われたと言うところか。
 ブィックスは部屋の端まで素早く駆け寄ると、横開きの扉を開ける。そこは柱とカーテンと壁に囲まれた、ごく狭い、しかし大人一人が十分に隠れられるスペースがあった。壁には梯子が取り付けられ、扉から床まで降りられるようになっている。
 位置関係としては、私軍の者達よりも犯人一味に近い。国王や犯人との間にはおろおろと怯え佇む来賓の者達がいるが、ブィックスの魔法ならば何の障害にもならない。
「姫様は決して、ここから動かないでくださいね」
 床を這う水道管の上にちょこんと腰かける少女に言って、ブィックスは大広間へと降りて行った。
 返答もなく、動きもせず、ただ対峙するだけの軍に、男は痺れを切らしていた。
「国王陛下を助けたいなら、王子を差し出せ! 後、十秒だ! 十秒経っても王子が前へ出て来なければ、国王陛下を殺し、会場を爆破させる! ――十!」
 九、八、七――と男はカウントダウンを始める。
 軍の者達の間には戦慄が走り、互いに視線を交わす。しかし、第一部隊隊長であるキーウェルト将軍はじっと魔女を見据えたまま動かず、何かしらの指示を与える様子もない。
「五――四――」
 刻一刻と、数字が刻まれていく。マティアスは目を閉じた。
「三――二――い――」
 一、と言い終える前に電流が女を襲った。女は弾かれたようにマティアスを離し、尻餅をつく。
 息をのみ、男達が女を振り返る。その隙を、キーウェルトは逃さなかった。
「掛かれ!」
 どっと軍の者達が三人に襲い掛かる。犯人の一人、片眼鏡の男がマティアスへと拳銃を向ける。その銃口は、即座に一刀両断された。カチャンと音を立てて、銀色に輝く刃がマティアスの腰の鞘へと納められる。
「クソッ、話が違う……おい、魔女! プランBだ!」
 長髪の男が叫ぶ。次の瞬間、大広間が激しく揺れた。床が割れ、壁にひびが入り、ガラガラと音を立てて崩れだす。
「きゃああああ!!」
「崩壊するぞ!!」
 来賓の者達が逃げ惑う中を掻き分け、ブィックスは大広間の中央へと向かった。あの魔女を取り逃してはならない。
 逃げ惑う人々、倒れる柱、王族の保護と来賓の避難に人員を割かれる軍。混乱の中、広間の奥から繋がる部屋へと逃げて行く魔女の姿を、ブィックスは視界に捕らえた。
「――逃がすか!」
 後を追い、部屋へと駆け込む。王族の休憩や着替えなどに使われるその部屋は椅子と机、棚一つ分の調度品の他には何もなく、魔女の姿は探すまでもなかった。
 窓を開けようとしていた女は、電撃に弾かれ、ブィックスを振り返る。
「そこまでだ。君の仲間も、今頃、キーウェルト大将らに捕らえられている。大人しく、投降したまえ」
 赤い紅の引かれた唇が、ニィと三日月形に歪む。
「そうはいかないわ。まだ、仕事が終わっていないもの」
「仕事――やはり、雇われているのか。首謀者は誰だ? 洗いざらい、吐いてもらおう!」
 突き出したブィックスの手のひらから、電流が迸る。女の目の前に現れた炎が、電流をのみ込んだ。
「なるほど……さっきの電流は、あなたの魔法だったのね。魔法使いと戦うなんて、何年ぶりかしら!」
 戸口が炎で覆われる。正面からは、炎の渦がブィックスへを襲い来る。横っ飛びにそれを退ける間にも、炎は続けざまに放たれる。避けた炎は壁や床を這い、ブィックスの退路を狭めて行く。
「あはははははっ。可愛い可愛い新人さん、大口を叩いておきながら、その程度? 早く何とかしないと、この部屋も崩れちゃうわよ!」
 ドンッと燃え盛る炎の一部が爆発した。壁が剥がれ、天井がパラパラと崩れ落ちる。ブィックスはなす術もなく、逃げ回るばかりだ。
「ほら、ほら、ほら! 火だるまになっちゃう!」
「く……っ」
 ドン、とまた火炎が爆発する。ガラリ、と天井が大きく崩れた。
 天井に空いた穴から、ドッと大量の水が噴き出した。ブィックスは目を見開く。
(そうだ……上には、水道管が!)
 天井の爆発と共に水道管が傷付いたにしては、あまりにも大量の水だった。脆くなった天井は耐え切れず、水に押しやられ更に崩壊する。文字通りバケツを引っくり返したような水が部屋中に降り注ぎ、炎は掻き消された。
「危ないところだったな、ブィックス」
 断絶され落ちて来た水道管を伝い、ルエラが部屋へと降りて来る。
「姫様!? 動かないようにと申し上げたではありませんか!」
「私は動いていない。足元が崩れてしまったのだから、仕方が無いだろう。心配せずとも、話は聞こえていた。王家の血に拘る思想からの犯行なら、王家の血を引いている私を殺しはしないだろう」
「姫様……?」
 女の目の色が変わる。ブィックスはハッと息をのんだ。
 何者かに雇われた魔女を含む三人組。魔女を雇うなら、何故こんなに事を大きくした? 魔法での変装が可能なら、わざわざ舞踏会の厳戒態勢を突破せずとも、魔女一人を送り込めばもっと簡単に事が運んだはずだ。
 王子を渡せと言いながら、人質に取っていたのはマティアス国王。国王陛下を捕らえるよりも、ノエル王子を一瞬で仕留める方が容易だったはず。しかし、彼らはそれをしなかった。
 できなかったのではない。――王子を、殺したくなかったのだ。
「姫様! お逃げください!!」
 炎の渦が、ルエラを襲う。ルエラは目を見開き、くるんと転げ落ちるようにして水道管の裏に隠れる。炎は水道管を這い、裏側にいるルエラを襲おうとする。
 天井の水道管が破裂し、火炎の到達を防いだ。ルエラは素早く、ブィックスへと駆け寄る。伸ばされた手を取り、その小さな身体を抱き上げると、ブィックスは魔女へと手をかざした。
「知っているか? 水は、電気をよく通す」
 女はたじろぐ。魔女もブィックスも、天井から降って来た水を全身に浴び、ずぶ濡れだった。
 放たれた電流が、魔女を襲う。盾の代わりに出した火炎は、再び天井から降って来た水に掻き消される。 電流をもろに全身に食らい、女は倒れ、動かなくなった。


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2015.08.10

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