「ルエラ!!」
着水の寸前に、足元の水を魔法で凍らせる。次々と足場となる氷を作り、通った後の氷は流れに飲み込まれて行く。
流れは速く、あっと言う間にディンやフレディ達の姿は見えなくなった。濁った水の中、アリーの明るい金髪と赤いコートはよく目立った。激しい流れに浮き沈みを繰り返すアリーを見失わぬように、ルエラは水の上を走る。
水面を凍らして足場を作っているとは言え、それなりの厚みを持たせたとしても濁流の中では不安定だ。何度か水の流れに足元を掬われながらも、何とかアリーへと辿り着いた。
水面に手をかざし、川の中に氷の壁を作り上げる。一瞬水位が上がり、直ぐに壁の両脇から水は流れて行く。その流れに巻き込まれぬように壁を支えにして、アリーの腕を引く。服が水を吸い込み、ずっしりと重たかった。
やっとの事で氷の足場へとアリーの身体を引き上げると、氷を高くせり上げる。水面より十メートルほど高い位置に、ちょうど手頃な洞穴があった。洞穴からは崖沿いに細い道も出来ている。氷柱がその高さまで到達すると、ルエラは滑り落ちるようにして地面に降り立った。
多量に水を吸い込んでしまったのか、アリーは息をしていなかった。すぐさまルエラはアリーを地面に寝かせ、気道を確保する。二度の人工呼吸の末、アリーは咳き込むように水を吐き出した。
ルエラはホッと息を吐く。しかし、目を開ける様子はない。ぐったりと横たわったままだった。息は荒く、顔もほんのりと紅い気がする。額に手を当ててみれば、確かな熱を持っていた。
「やっぱり……」
一緒にいたのに、気付いてやれなかったなんて。ルエラは下唇を噛む。
思えばアリーは、歩いている時にルエラ達より遅れ気味だった。最初にイオを捕らえた時に押さえ切れなかったのも、ただ疲れていたのではなく体調が優れなかったのかも知れない。
ルエラは、アリーの衣服に目をやる。水に落ちたがために、アリーはぐっしょりと濡れていた。このままでは、体調も悪化する一方だろう。
「……脱がすぞ」
水を吸収したコート、そしてセーターを脱がしていく。意識はあるようで、シャツに手を掛けるとアリーはわずかに身じろぎし、ルエラの腕を掴んだ。しかしその手に力はなく、何の抵抗にもなっていなかった。
「大丈夫だ。何もしはしない。濡れたままでは、寒いだろう」
何かあるはずもない。ルエラは、女なのだから。……そしてそれを知らせる事は、ルエラが魔女であると知らせると言う事。
濡れて張り付いたシャツを、一気に脱がす。そして、ルエラは目を瞬いた。
そこにあるであろうと思われていたものは、なかった。個人差で小さい場合とは違う事は、自分と比較すればよく分かる。
「アリー……お前……男だったのか……?」
呆然とアリーの顔を見つめる。二つに結んだ金髪。本来ふわふわとウェーブの掛かった髪は水に濡れぺったりとしていたが、その顔が女の子にしか見えない事には変わりなかった。
ルエラはハッと我に返ると、自らもカーディガン、そしてワイシャツを脱ぐ。カーディガンはアリーを抱き上げた時に濡れてしまったが、ワイシャツの方までは濡れていなかった。それを、そっとアリーの肩に掛ける。
薄っすらと、アリーが目を開けた。
「ごめ、ん、リン……ぼ、く…………え……」
ぼんやりとしていた瞳は、丸く見開かれる。
アリーにワイシャツを貸した今、ルエラの上半身はさらし一枚だった。
「え……女……? え……? う、うそ……じゃあ……魔女……!?」
立ち上がり、逃げ出そうとしたアリーは、ふらりとその場に倒れ込んだ。ルエラは慌ててその傍らに膝を着く。
「無理をするな」
伸ばした手は、力なくしかしはっきりと払われた。
「……」
ルエラはそっと立ち上がると、アリーから距離を取るようにして背を向けて座った。膝を抱え、腕に顔を埋める。
当然の反応だ。こうなる事は分かっていたはずではないか。アリーが好意を向けてくれるのは、ルエラが男だと思っていたから。その好意は、リン・ブローに向けられていたに過ぎない。
それでも胸が痛いのは、アリーなら受け入れてくれるのではないかと、本当の自分にも明るい笑顔を向けてくれるのではないかと、心の何処かで期待を抱いていたからかも知れない。
アリーは、ヴィルマに両親を殺された被害者なのに。
どれほどそうしてしただろうか。洞穴の外から足音が近付いてきて、ルエラは入口の方を振り返った。
アリーはやはり体調不良から、歩くのは無理だとあきらめたようだった。洞穴の中、ルエラから離れた入口の所に壁へもたれるようにして座っていた。
「アリー!」
声は、ディンのものだった。バタバタと足音がして、洞穴の入口にディンとフレディが姿を現す。二人とも、驚いた様子でまじまじとアリーを見つめていた。ルエラのワイシャツを羽織っただけのアリーは、その性別が明らかだった。
ふとフレディが我に返り、上に向かって叫んだ。
「いました! ここの、洞穴の中です!」
フレディの声で、ディンも我に返る。
「おい、アリー。リンは一緒じゃ――」
言いながらディンはきょろきょろと辺りを見回し、洞穴の奥にいるルエラと目が合った。
ルエラが着ていたワイシャツは、アリーの肩。離れて座った二人の距離。何が起こったのか、ディンは察しがついたようだった。
「……ったく、女の子がなんて格好してんだ」
ディンは自らのコートを脱ぎ、ルエラの肩に掛ける。
「ほら、行くぞ。ソルドの軍も一緒に探してくれてたんだ」
ディンはルエラへと手を差し伸べる。ルエラはこくんとうなずくと、その手を取って立ち上がった。
魔女以外の人物が来て安心したのか、アリーは緊張が解けたように眠りに就いていた。
2014.4.12