現場に戻ったルエラは、フレディを捜した。
 本部の築かれた広場で、彼は見つかった。広場の隅に腰掛け、長いリストに目を落としている。
「プロビタス少佐、少しよろしいですか」
 フレディはリストから視線を上げ、肯定するように微笑った。
「ブロー大尉……だっけ。違ったらごめんなさい。若しかして、同じぐらいの年齢ですか?」
「十六です」
「それじゃあ、一緒だ」
 彼は、微笑っていた。リストから目を放し、ルエラを見上げて。
 十六歳。魔法使いだの、賢者だの、村軍所長だの、天才少年扱いされていても、彼はまだ子供だ。なのに、全てを失ってしまった。自分を狙って来た者達がいたばかりに。
「プロビタス少佐には、思い出させてしまって申し訳無いのですが……魔女は、ヴィルマの名前は出していましたか?」
「いや……出していませんでした。話したので全部です。どうして?」
「姫様の勅命で、捜索しているんです」
「姫様? 大尉は、殿下の護衛じゃ――」
「いえ。彼とは旅の途中で偶然出会ったんです。私はリム国から参りました。リムの私軍の者です」
「そうだったんですか。遥々、ご足労様です。若しかして、ヴィルマが行方をくらました時からずっと? ――あ、違うか。同じ十六なんだっけ……」
 ルエラはぽつりと言った。
「……今、魔女達が集まり出しているのでしょうか」
「え?」
「別の町でも、あったんです。魔女が妙な組織に勧誘しようとして……その魔女は、ヴィルマは自分達の上司であると言っていました」
「本当ですか!?」
 フレディは立ち上がる。
 ルエラは頷いた。
「何が起ころうとしているのか、私にも分かりません。けれども、事が大きくなる前に魔女を狩ってしまわないと――」
「……何もしていない魔女も、ですか?」
 ルエラはきょとんとフレディを見上げた。
 フレディは奇妙な表情だった。何か思いつめたような、複雑な表情。
「魔女は火刑……それって、正しい事なんでしょうかね」
「……どう言う意味だ?」
「あくまでも、個人的意見です。僕には魔女の全てが悪者だとは思えないんですよ。例えば今回だって、魔法使いである僕を勧誘に来ました。それについ先日東部で捕まったのも、魔法使いです。――魔女と魔法使いの違いって、ただ性別が女性か否かだけなのではないでしょうか」
「女性が魔法を使えたら、魔女だ。それは、当然でしょう。魔女は害悪を齎す。確かに魔法使いにもいるかもしれませんが、だからと言って魔女が信頼に足る者だと言う訳ではありません」
「魔女でも、無害な者はいるのではありませんか? 犯罪に手を染めるかどうかは個人の意志による物で、魔女か否かなんて関係無いのではないでしょうか」
 ルエラは言葉を詰まらせた。
 コーズンで出会った魔女――あの老婆は、無害だった。だから、ルエラも見逃そうとしたのではないか。
 ぺブルの時もだ。無害なら、見逃したい。ルエラはそう言った。それは、例え魔女でも害悪の無い者はいると言う事を、ルエラは知っているからだ。
 ……それでは、何故ルエラは国王になる事を拒否する?
 魔女が国王になってはいけない。魔女が城にいてはならない。ルエラはずっと、そう思っていた。
 だが、魔女だからと言う理由は矛盾だ。己が魔女である事を非難しながら、他の魔女に対しては寛容になってしまう。ルエラ自身、魔女だからだろうか。結局、ルエラは魔女を罰する事は出来ないのだろうか――己自信も。

「プロビタス少佐!」
 カンク町軍の若い兵が駆けて来た。立ち止まって敬礼し、彼は言う。
「やはり、見つからないようです。村内にはいないのかも知れません」
「どうしたんですか?」
 ルエラは尋ねる。答えたのは、若い兵だった。
「プロビタス大尉――フレディ・プロビタス少佐の兄に当たるジェラルド・プロビタスが見当たらないんです。生きた姿も、死者の中にも。若しかすると――」
 人質。
 フレディもその可能性に思い当たったらしく、青い顔をしていた。フッとルエラも血相を変え、駆け出した。向かった先は、村長の家。門の所に立つ兵に、ルエラは声を掛ける。
「電話を借りたい。急用なんだ」
「電話って――」
「異国の者がすまない。城内の無事を確認したい」
 ルエラは、私軍所属を表すバッジを掲げる。兵は門を離れ、玄関から中を覗く。二言、三言話して、ルエラを振り返った。
「良いそうですよ」
「ありがとう」
 ルエラは家の中へと入る。玄関にあった遺体は、既に運び出されていた。この家も、他に負けず劣らず燃やされていた。それでも通り道としての原型を留めているのは、他の民家よりも壁や柱が頑丈だからだろうか。どうも炎は、壁や床を伝ったのではなく空洞を通ったようだから。
 ダイヤルを回し、指を離す。緊張に張り詰めながら応答を待つ。
 プツっと呼び鈴が途切れた。女性の声が流れてくる。
「はい。こちら、リム城私軍特殊回線」
「私だ! ブルザ少佐はいるか!?」
「少々お待ちください」
 ――頼む。出てくれ……!
 ややあって聞こえた、ふてぶてしい声。
「お電話換わりました。どうかなさいましたか?」
 ブルザの声だ。
 ルエラは安堵し、へなへなとその場に座り込む。
「もしもし? 姫様ですか? もしもし!?」
「……ああ、私だ」
「驚かせないでください。まったく……」
 ルエラはハハッと笑う。
「すまない、すまない。忙しかったか?」
「そりゃあ忙しいですよ。何処かのお姫様が、ずっとお留守になさっていますからね」
「相変わらず手厳しいなあ」
「突然、どうしました。また、何か調べ物ですか? 今度は何の事件に首を突っ込んでなさるんですか?」
 そう言って電話口の向こうでレーンを呼ぼうとするのを、ルエラは遮った。
「いや、特にそう言う訳じゃないんだ。それじゃ、レーンもそこにいるんだな? 皆、そこに?」
「ええ、まあ」
「ノエルや父様は? クレアさんは?」
「ノエル様はご勉学中、陛下とクレア様は会食に出かけられました。何か御用でも? お伝えしましょうか?」
「そうか……皆無事か……」
 ふーっと長い息が漏れる。
 ブルザが聞き逃す筈がなかった。緊張に満ちた声が尋ねる。
「姫様、また何かございましたか」
「ああ……レポス国北部シャルザにいるんだが……私が帰るのと、話がそっちまで伝わるのと、どちらが早いかな。今、無理を言って電話を借りているんだ。帰ってから、詳しく話すよ。――もう直ぐ、帰る。明日の始発で、ここを発つつもりだ。真っ直ぐビューダネスに向かうよ」
「お待ちしております。どうか、ご無事で」
「ああ」
 ルエラは頷き、受話器を置く。チンと言う澄んだ音が、焼け焦げた廊下に軽く響いた。


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2010.7.17

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