夕暮れの中、燃え尽きた村を暗い青色の軍服を着た者達がうごめいていた。カンクの町軍が着いたのだ。生きている人はやはり見つからず、炭と化した死体ばかりが運び出される。
 ルエラ、ディン、フレディの三人は通りに立ち、それを眺めていた。
「目が覚めた時にはもう、生きている人はいませんでした。……本当に、申し訳ありません。てっきり、奴らの仲間かと……。あの女は、僕を勧誘しました。つまりは、魔女だけでなく男も組織にいると言う事ですから」
「まあ、そんな事があった後なら仕方ねーさ。誰も怪我は無かった事だしよ」
 そう言って、ディンは二カッと笑う。
「プロビタス少佐、死亡者のリストを確認して頂けますか」
「あ、はい」
 カンクの軍人に呼ばれ、フレディはルエラ達に一礼してそちらへと離れて行った。
 ルエラは一歩前に出て、ディンに背を向けたまま言った。
「……少し話があるのだが、良いか?」
「ああ」
 返って来たのは、軽い返事。そのままディンは、ルエラの後について歩いて来た。
 軍服を着た者だけが動く村を、ルエラはスタスタと歩いて行く。途中、敬礼する軍人達に、ディンは手を振り労いの言葉をかけていた。
「王子様。一体、どちらへ――お供致しましょうか」
「ああ、いいよ。元々、護衛無しで旅してる最中なんだし。そっちの仕事もあるだろ?」
「しかし――」
「大丈夫だって。リンも一緒なんだから」
 ルエラは思いつめた顔で俯いた。
 ――こいつは、ルエラを信用し過ぎだ。

 村落を離れ山道を登る。暫く行くと木々が晴れ、ルエラは立ち止まった。そこは小高い丘のようになっていて、崖から村を見下ろす事が出来た。焼け果てた村では、通りを行き交う人がよく分かる。一人、濃紺のマントを羽織っているのは、フレディだろう。
「殲滅なんてされていなければ、綺麗な景色が見られたろうになあ……」
 ディンは目の上に手をかざし、村を一望する。ルエラは暗い瞳でディンを見上げた。
 突如、氷の槍がディンを襲った。寸でのところで、槍と剣とがぶつかり合う。
 ルエラは冷たい瞳でディンを見上げる。
「……魔女だと知られて、そのままお前を放置すると思ったか? 馬鹿な奴だ。私を信用して、軍の奴の付き添いを断るとはな」
「ルエラ……!?」
 ディンの頬を、一筋の汗が流れる。
 ふっと氷が溶けるようにして無くなった。抵抗を失った剣でそのまま切りかかりそうになり、ディンは慌てて向きを変えその場にすっ転んだ。
「――なんて、私が言ったらどうするつもりだ」
「ハハ。お前、役者だなあ。本気で焦っちまった」
「笑って済む話ではない。今お前は、私に殺されていたかも知れないんだぞ」
「お前がそんな事する筈ねえよ」
 ディンは「よっ」と立ち上がる。
 ルエラは俯いていた。
「……何故、そうも私を信用する」
「なんでって」
「一体、何を企んでいる?」
 キッとディンを見上げる。ディンは、唖然とした表情だった。
「大人しく『ありがとう』とでも言うと思ったか? 私は魔女だ。同盟国の王女が魔女なのだぞ。お前が見逃す訳にはいかないだろう。私を見逃すメリットなど、一つも無い。あるのはデメリットばかり――事が露見した日には、お前も魔女を庇ったとして民の信頼を失うだろうな」
 ルエラは自嘲するように笑う。
 魔女は、信頼されない。当然の事だ。
「……でもお前、俺を守ってくれたじゃねーか」
 ルエラは眉をひそめる。
「ほら、クロス家でよ……お前、その魔法で俺を助けてくれただろ? 他にも、お前はその力を人のために使うばかりだ。短い間だけど一緒に過ごして、お前は他の魔女とは違うって事ぐらい判ったしな。俺が王子だって判っても、距離を置かないでいてくれたし……尤も、それはお前も王女だからかも知れねえけど」
 そう言って、ディンは屈託無く笑う。
「でも、兎に角俺は信じたいんだ。リンとして出会ったお前の事も、ルエラ・リム王女の事も。――十年前に会ったの、覚えているだろ?」
 ルエラは無言で頷いた。
 階級を無くしたいと言うディンに王族としての責任を問うたのも、その時の会話があったからだ。ヴィルマに裏切られたショックで落ち込んでいたルエラに、ディンは被害者面をするなと言った。最も辛いのは、民なのだから。王族には王族としての責務があるのだと。
「――あの時から俺は、ルエラ王女を妃に迎えようと決めていたんだ」
 時が止まったような気がした。
 ディンは続ける。
「実を言うと、リム国王の再婚相手に連れ子がいるって聞いて、好都合だと思ったよ。その上お前、『王になる気は無い』って盛んに口にしているそうじゃねーか。それが本当なら、お前がリム国を引き継ぐ心配も無し。だろ?
 それに、判ったのはお前が女だったって事だけだ。実際城に出入り出来るのを見ない限り――」
 すっと、剣の切っ先がルエラの首筋に当てられた。
「――お前が、本物のルエラ王女を陥れているって可能性もある」
 ルエラは動じず、無表情でディンを見つめていた。そして、フッと口の端で笑う。
「……よく、妃にしたい女に対して剣を向けられるな」
「本当に斬るつもりなんてねぇよ。解ってんだろ?」
 ルエラは答えなかった。くるりとディンに背を向ける。
「悪いが、王にならないのは誰かの妻になる為ではないぞ」
 言って、ルエラは元来た道へと去って行った。
 ディンはその背中を見送り、ふっと溜息を吐く。
「……ふられちまったか。ま、今の時点じゃ想定内だけどな」
剣を鞘に戻そうとすると、こつんと何かに切っ先が触れた。そっと手を伸ばしてみると、剣とルエラとの間に薄い氷の壁が作られている。
 ディンは唇を噛んだ。
 彼女が剣を向けられて動じなかったのは、ディンが斬らないと解っていたからではない――例え斬りかかられても、防御出来る力があるからだったのだ。
 ディンは、まだ彼女に信用されていない。


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2010.7.10

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