冷たい風が通りを吹き抜ける。白い石造りの壁や道路は、肌寒さと相まって何処か寂しさを感じさせる。
 通りを行く人々の目に、生気は無い。ただ黙々と、目的地へと歩みを進める。立ち止まる事は愚か、誰かと話しながら並んで歩く者もいない。それは、許されていなかった。起きて、働いて、寝て。その間に一日二度の食事をとって。毎日毎日、それを繰り返す。一分たりとも、そのペースを崩してはならない。それが、この国の定めだった。
 大通りから裏路地に入って少し行ったところに、立ち話をする二人の女性がいた。二人共黒いマントを身に纏い、一人はフードを深々と被っている。
 今、その女性がかぶっていたフードを取り払った。流れるような淡い緑の髪。肩にかかったその髪を彼女は誇らしげに手で払い、正面に立つ女性に目をやる。
「――貴女は、リム国ペブルの事件を聞いたかしら? アンジェラ」
「はい」
 アンジェラと呼ばれた女性は、畏まった様子で頷く。
「ここ数年ぶりに、本物の魔女が処刑されたと。名は、パトリシア・エルズワース。国軍西部ペブル町軍の少尉だったそうですね」
「そう。知っているなら、話が早いわ。それでは貴女は、彼女の逮捕に活躍した少年の話を知っていて?」
「少年……ですか?」
 アンジェラの問いに、淡い緑の髪の女性はゆっくりと頷く。
「リム国私軍の軍服を着た、銀髪の少年。魔法使いだそうよ」
「魔法使い……」
「不思議よね。私軍なんて、都市や地方の市軍や町軍とは違って、滅多な事で入れるものではないわ。ましてや、子供。それ程の実力者ならば、入隊の時点で噂が広まっていそうなものだけれど」
 アンジェラは答えない。ただ黙りこくって、彼女の次の言葉を待っていた。
 彼女はアンジェラを正面から見据える。澄み切った紫色の瞳。そこには、強い光があった。
 赤い口紅を塗られた彼女の唇が、そっと開く。
「アンジェラ・トレンス少尉。貴女に、指令を下す」
 アンジェラは肩膝をつき、頭を垂れる。
「何なりと」
「リム国へ偵察に行って参りなさい。その少年を探し出し、実力を確かめる。彼にはまだ、接触せぬ事」
「はっ」
 次の瞬間、その場にアンジェラの姿は無かった。路地裏に立ち尽くすのは、緑の髪の女性のみ。
 彼女は、灰色に曇った空を仰ぎ見る。何処までも続く空――そう、遥か南のリム国までも。
 かの国に取り残してきた娘は、無事だろうか。何も噂や情報が無いと言う事は、まだ彼女が魔女だとはばれていないのだろう。けれどもそれも、時間の問題。いつしか真実を知った時、人々はあの子を見捨てるのだろう。この国以外に、この世界には魔女の居場所は無い。ペブルで逮捕された魔女も、拷問の末に処刑されたと言うではないか。
「もう直ぐよ……もう直ぐ、迎えに行くわ……」
 空を仰ぎ見ながら、彼女――ヴィルマは小さく呟いた。


Next TOP

2009.7.11

inserted by FC2 system