アリーが話を終え、部屋は静寂に満たされていた。
 研究所の地下に監禁された子供達。人ではなく、実験動物としての扱い。そしてそれを黙認する、あるいは指示している可能性すらある軍や国家。
 ルエラはただ、愕然としていた。
「孤児院の地下にあった扉……あの先にあるのはボイラー室なんかじゃなく、研究所に続いていたと言う訳だ」
 アーノルドがぽつりと言った。目はいつものように閉じられたままだが、その眉は不愉快げにひそめられていた。
「いなくなった子供達は、研究所へと連れて行かれていた。だからあの孤児院は、研究所から資金援助をされていた。援助じゃない、あそこは研究所の一部だったんだ」
「……こんな事、許されていいはずがない」
 フレディの声は、怒りを押し殺したようだった。
「子供達を助けましょう。僕にできる事なら、何でもします」
「助けて、その先はどうする?」
「……え?」
  四人の視線が、ディンに集中する。ディンは、涼しい顔をしていた。
「確かにやっている事は非道だと思われるかもしれない。でも、そのおかげで魔法の研究は進んでいるんだ。リムからそれを取り上げる権利なんて、俺達にはない」
「そんな……。ルエラ様! あなたはそれでいいんですか? 本当に、国の指示なんですか!?」
「違う! 私は、何も知らない! こんな話、聞いていない!」
「知らないなんて、言い訳にならねぇぜ。軍は、国の管轄だ。そしてその軍が研究所を管理していたなら、それは国の仕業って事になる」
 ルエラは口を噤む。
 ディンは軽くため息を吐くと、肩をすくめた。
「とは言っても、そんなに気に病む事でもねーよ。こんな事、別に珍しくない。表沙汰にはならないだけだ。子供達だって、本当なら路頭に迷うか――年齢からして直ぐ死んじまっていたかもしれないのを、三食昼寝付き、災害に強い暖かい家まで与えられてんだ。特に魔女なんて、普通なら迷わず処刑ルート。それを、研究所で実験に協力する事で生きながらえているんだ。命と生活の、永続的な保障。十分な報酬だろ?
 さっきも言ったが、助けて、その後はどうする? 研究データを、どうやって集める?」
「こんな非道な事をしなければならないような研究なら、やめてしまえば――」
 憤るフレディを、ゆっくりとディンは指さした。正確には、その手に握られた長い杖を。
「その杖だって、研究の賜物だ。お前のは、リムじゃなくてレポスだけどな。力を引き出すために、協力した魔女だか魔法使いだかがいる。特に魔薬なんて、医療用に使われているものもあるだろう。まあ、最初はネズミとかその辺での実験だろうが、まだ人間に害がないかどうか判断のつかない薬を飲んだ人物が、どこかにはいるんだ。
 これは、リム国内の問題だ。勝手に他国の制度を掻き乱すなよ、プロビタス少佐」
 釘を刺され、フレディは黙り込んだ。それでもその目は剣呑で、まだ何か訴えたさそうな様子だった。
 ディンはもう一度ため息を吐き、ガシガシと頭を掻く。
「それに、居場所を失った子供達の面倒を誰が見る? 魔法使いなら、喜んで世話をしてくれる村があるかもしれない。親の遺産があれば、全額費やしてでもきちんとした託児所に預けられるかもしれない。でもほとんどの子は、どちらにも該当しないだろうな。
 もしここで国が制裁を加えれば、その意向を汲み取ってこう言う研究はやめるだろう。隠れて続ける所もゼロではないだろうが、見せしめとなって確実に減るはずだ。
 でも、必ずしも歓迎されるとは限らない。手法を奪われながらも研究成果は求められる軍や研究員はもちろん、居場所を失った子供達にさえも恨まれるかもしれない。下手に手を出さないで、何も見なかったふりをするのが、一番国のためになる事なんだ」
 ルエラは、震える拳をぎゅっと握りしめる。
「貴様、本――」
「本気で言ってるのか!?」
 椅子を蹴り立ち上がったのは、アリーだった。
「居場所を失う? あれが、あんな所があの子達の居場所だって、あの子達には相応しいって、ディンはそう言うのか!? 皆、死んだような目をしていた! ボロボロになって、髪も伸びっぱなしで……あんなの、生きているなんて言えない!
 昨日の、孤児院の女の子――ララも、研究所に連れて行かれたんだ! あの子は、僕達を助けてくれたのに! なのに、僕達はあの子を見捨てろって言うのか? 僕達を助けたせいで、連れて行かれたかもしれないのに!」
「アリー。あの子は、たぶん魔女だぞ。俺達を引き留めたのは偶然じゃない――」
「宿の火事を予知したんだろうって? それくらい、僕だって気付いてる。今更、魔女だから何だ? ルエラだって魔女だ。でも、ルエラは僕の友達だ。
 ララは、僕達を守ってくれた。あの子は、悪い子なんかじゃない。ルエラと同じなんだ」
「アリー、座れ。お前は今、冷静さを欠いてる。俺の話、聞いてたか? 俺やフレディはもちろん、ルエラだって動く訳にはいかない。ここで王家が明確な反対意見を示すのは、得策じゃない。俺だって何もこの現状を肯定している訳じゃない。代替手段を用意して、じっくり時間をかけて――」
「そうしている間にも、子供達は傷付けられてるんだ! 皆、殺されちゃうよ!」
「だから、落ち着けって。直ぐにどうこうできる問題じゃないんだ。ヴィルマに親を殺されたみなし児同士、気にかかるのも分かるけど……」
 アリーは、冷たい視線をディンに向けていた。ふいと背を向け、部屋の戸口へと向かう。
「そうか。よく分かったよ。君が、僕らをどう思っているのか。しょせんは他国の王子様。下賤な民、それも異国の何の身分もなければ親さえいない子供達の事なんて、どうでもいいですもんね。あなた方にお話しした僕が馬鹿でしたよ。王子様のお立場も考えず、誠に申し訳ありませんでした」
 アリーは、嫌味なほどに仰々しく丁寧な言葉で言い捨てる。
「自分達の問題は、自分達で解決いたします」
「な……っ、おい! 待てって!! お前一人で何とかなる訳ないだろ!」
 ディンの止める声を無視して、アリーは部屋を出て行った。
「ったく、あいつ馬鹿かよ……! もし研究所での監禁を首尾よく暴けたとしても、魔女だって分かっている子供は殺されるんだぞ?」
 ルエラは青い顔をして、座り込んでいた。
 こんな事、許すつもりなどない。国の発展が滞るかもしれない。まだ何の被害も受けていなかった幸運な子供達までも、今の居場所を取り上げる事になるかもしれない。その程度で済むならば、迷わずルエラはアリーを支持しただろう。研究成果は、遅れても止む無しと国が寛容な姿勢を示せば良い。子供達は、他の孤児院や預かり手を探してやれば良い。
 でも、魔女は。
 ララは、魔女だと見て間違いないだろう。アリーの話では、研究所ですでに監禁されている子供達の中にも魔女だと確定している女の子がいた。
 魔女は火刑。それが、この世界の理だ。
「私は……どうすればいいんだ……」
「ルエラちゃん自身は、どうしたいんだい?」
 アーノルドが、静かに問い返した。ルエラは顔を上げ、彼を見上げる。
「ディン君の話は正論だ。でも、それはあくまでも彼個人の意見だ。君が従う必要はない。私は、君が何を選ぼうと僕にできる限りの事をさせてもらうつもりだよ。
 ここは、リム国北部ボレリス。リム国王女は、研究所と子供達を、どうしたい?」


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2014.9.20

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