研究所を後にしたルエラ達は、再び孤児院へと赴いていた。
 ルエラ達の来訪に、子供達は目を輝かせる。
「あっ。リンさんだーっ」
「お兄さん! また魔法見せて!」
「ディンが来たぞ! かかれー!」
「ちょっ……何か俺だけ、扱いおかしくね!?」
 パンチやキックを入れて来る子供達をかわしながら、ディンが喚く。
「また来てくださったんですね。すみません、大したお構いもできませんで……」
「構わん。そう、気を使わないでくれ。ここへは、今夜の宿を探していて近くを通ったから寄っただけだから」
「ああ……聞きました。皆さんが泊まってらした宿、火事があったそうですね」
「ああ。ここに泊まっていたおかげで、助かった。……あの子の姿が見えないな。私達を引き止めた……確か、ララと言ったか」
 ルエラはきょろきょろと部屋の中を見回す。地下の部屋は、緊急時の避難用らしい。ルエラ達が通されたのは、一階の大きな部屋だった。六人掛けの大きな机が四つ置かれているところからして、食事をする部屋なのだろう。
 最初は四、五人の子供達がお絵描きをしていただけだったが、ルエラ達の来訪を聞きつけてほとんどの子供がこの部屋に集まっていた。その中に、肩で切りそろえた金髪の少女はいない。
「ララは、他の孤児院へ移ったんです」
 ダーサは、短く言った。
「他の孤児院? 随分と急だな」
「いえ、元々決まっていたんですよ。多過ぎず少な過ぎず、世話がきちんと行き届くよう、複数の孤児院で協力して子供達の人数を適切になるよう保っているんです。だから、入れ替わりもそれなりに多くなるんです。子供達には今までの友達と別れる事になって寂しさも感じさせているかもしれませんが、新しい環境に適応していく力もつけなければいけませんから」
 そう言って、ダーサは微笑む。
「大丈夫かい、アリー。真っ青だよ!」
 フレディの声に、ルエラは振り返る。アリーは目を見開き、うつむいていた。その顔は、蒼白だ。
「そう言やさっき、研究所の人が、体調不良みたいだって……」
 ルエラはダーサに言った。
「来たばかりなのに申し訳ないが、仲間の体調が優れないようなのでこれで……」
「あらまあ。何なら、休んで行かれますか? 宿が燃えてしまっては、今夜の寝床にもお困りでしょう。昨日の部屋でしたら空いていますから……」
「いや、そこまでご迷惑をお掛けする訳にはいかない。ありがとうございます。お気持ちだけ、もらっておきます」
 ルエラはアリーの肩を抱くようにして、外へと促す。残念そうな声を上げる子供達に別れを告げ、一行は孤児院を後にした。

 港町なだけあって、宿屋は多い。新しい宿は、難なく見つかった。一つの部屋に集まり、ルエラはアリーを目の前に座らせる。
「それで、アリー。何があった?」
 アリーは目を見開き、ルエラを見つめていた。ルエラは真剣な瞳でアリーを見つめ返す。
「あの孤児院は、盗聴されている可能性があったからな。各部屋に熱を送っていると言っていたあのパイプ、パイプ自体は熱せられているようだったが、噴出し口からは熱風なぞ出ていなかった。子供達に触れられて余計な音を立てられないように、ああ言ってあるのだろう。
 アリー。研究所の地下で、何かあったのだろう。私も、あの研究所はきな臭いと思っていたところだ」
「え……」
「例えばあの竜巻。あれは、本当に自然災害か? アーノルドさん、どう思う?」
 アーノルドは、いつものニコニコ顔で答えた。
「あんな近くで竜巻が起これば、危ないからね。君達と逃げながらも、消滅させようと試したよ。……できなかった」
「それじゃ、あれは何者かによる魔法……!?」
 フレディが緊張した声を出す。まるで何者かに聞き耳を立てられている事を警戒するかのように、部屋の入口を振り返った。
「どう言う事だ?」
 ディンが疑問の声を上げる。アリーも、首を傾げていた。
「僕達魔法使い、それに恐らく魔女も、それぞれに得意とする魔法があるでしょう。僕は炎、ルエラ様は水、アーノルドさんは風。何者にも操作されていない自然な状態の物なら、操る事ができるんです。例えば、ソルドに行った時にルエラ様が雨を魔法で遮断していたでしょう? 濡れた物を乾かしたり、燃え尽きた物を還元したりと言った二次被害を元に戻す事はできませんが、それその物にはある程度干渉できます。それが全く干渉を許さなかったと言うなら……」
「あの竜巻は、何者かによって作られた物だった。そう言う事だよね? ルエラちゃん」
 アーノルドが、フレディの言葉の後を継いだ。ルエラは真剣な面持ちでうなずく。
「竜巻が起こる際には黒雲が広がり、急激に気温が下がりやすい。落雷や降雹が起こる事もある。しかしあの時、雷鳴や気温はおろか、雲一つない星空だった」
「お詳しいですね」
「堤防の工事が追いつかない町に行って、川の氾濫を食い止める事もままあるからな」
 ディンが眉根を寄せる。
「それでリムは、豪雨の多い時期でも犠牲になる村がないのか。あんまり無茶するなよ。それこそ、王女が出て行くような場面じゃないだろ」
「放っておけば、何かしらの被害が出る。皆が町を離れて逃げられれば良いが、必ずしもそうはいかない。町には家や畑など、動かせない大切な物もあるんだ。町の人達は自分達の財産を守ろうと、自分達で堤を補強しようとする。
 この力で一つでも多くの命が救われるならば、動かない理由などない」
 ルエラは、己の手の平を見つめる。同じ力で、ヴィルマは多くの人の命を奪った。ルエラがこの力を持つためにラウの者達に追われ、巻き込まれ失われた命もある。
 救った命が失われた命の代わりになるとは思っていない。それでも、何かせずにはいられなかった。守らずにはいられなかった。
「……それじゃ、子供達も救ってくれる?」
 それまで黙って聞いていたアリーが、口を開いた。
 キッとルエラを正面から見据え、彼は力強い声で言った。
「軍が関わってるって言われた。国を敵に回す事になるって脅された。でも、僕はルエラを信じる。こんな事、許してないって信じる。
 僕、研究所で見たんだ。ルエラ達の所へ行こうとしたら、声が聞こえて――」


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2014.9.13

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