いつの間にやら、アーノルドもフレディと同じく子供達に囲まれていた。そして、ルエラの事も興味津々で見つめる小さな姿が複数あった。ルエラと目が合い、女の子達はクスクスと笑い互いを小突き合う。代表してルエラに話しかけたのは、黒い髪をツインテールにしたつり目の女の子だった。
「あのっ、リンさんも魔法使いなんですよね? 私達、リンさんとお話したいなって……」
「ああ……構わないが……」
 ルエラは、階段の方を振り返る。建物は頑丈な造りのようだが、こんなにも暢気に遊んでいて大丈夫だろうか。
 ルエラの心情を読み取ったように、ダーサが微笑んだ。
「この辺りは、元々竜巻や急な突風が多いんです。この孤児院は研究所の協力を得ているのもあって頑丈に出来ていますから、ここにいる限りは心配ありませんよ」
「やはりあれは、研究所なんだな。魔法の?」
「ええ。よくご存知ですね。この辺りは、軍の管理下にある魔法研究所が集まっているんです」
「ふうん……」
「ねえ、リンさんー」
 赤毛をおさげにした女の子が、甘えたような声で呼ばう。ルエラはダーサに軽く会釈すると、彼女達の方へ歩いて行った。
 ルエラがそばまで来ると、先程の黒髪つり目の子が声を落として尋ねた。
「ねえ……もしかして、リンさんとアリーさんって、恋人同士なの?」
 ルエラは眼をパチクリさせる。そして、苦笑した。
「いや、違う。アリーは大切な仲間だが、そう言う仲ではない」
「良かったーっ」
「だから、言ったじゃない」
「アリーさんじゃなくても、恋人っている?」
「いや……」
 きゃあきゃあと騒ぐ四人の女の子達に、ルエラは苦笑いする。どの子もルエラより幼く、十二、三歳と言ったところか。巷の女の子と言うものは、随分とませているらしい。
「リンさん達は、どうしてこの町に来たの? 研究所のお仕事?」
 五人中三人と言う魔法使い率の高さを見て、そう思ったのだろう。ルエラは左右に首を振った。
「私達は、研究所の者ではないよ。ある魔女を追って、旅をしているんだ。魔法に関する研究所みたいだから、後で見学させてもらおうとは思っているけどな」
 女の子達の質問に答えたり、ちょっとした魔法を見せたりして、ルエラ達はしばらく孤児院で過ごした。どれほど経っただろうか。やがて、どんなに耳をそばだてても何の物音も聞こえなくなり、ルエラは立ち上がった。時計の針は、七を指していた。
 暖炉のそばで子供達の相手をするダーサに、ルエラは呼びかける。
「そろそろお暇します。ありがとうござました」
 ルエラを囲んでいた女の子達は、残念そうな声を上げる。ダーサは暖炉のそばを離れ、部屋の戸口を開けた。
「それじゃあ、外まで送ります。私も、外の様子を確認しておきたいですし」
「あっ、そろそろ帰るみたい。じゃあね、皆」
 アリーは子供達に手を振って、ルエラの方へとやって来る。フレディとアーノルドも、子供達との別れを惜しみつつ戸口へと集まった。
 ディンは、子供達相手にお気に入りの懐中時計を自慢していた。
「かっけー!」
「高そう……。ディンって、貴族か何か?」
 子供達の歓声に、ディンは満足気な様子だ。ルエラはため息を吐く。
「何を見せびらかしているんだ、あの馬鹿は……。おい、ディン! 行くぞ!」
「ああ、悪い悪い」
 子供達の手から懐中時計を取り上げ、ディンはこちらへと歩いて来る。部屋を出ようとしたその時、アリーに抱き付いた女の子がいた。
「ダメ! 帰っちゃ、ダメなの!」
 肩で切りそろえた金髪に、薄桃色のワンピース。最初にルエラ達の事をダーサに尋ねた、あの少女だった。
「ララ、わがままを言うのはやめなさい」
「やだ! 皆、ここに泊まって行くの! 帰っちゃダメ!!」
 ララはアリーのコートをがっちりと掴み、離そうとしない。アリーは、ララの頭を優しく撫でる。
「また明日来るよ」
「ダメ。今日、ここにいなきゃダメなの!」
「ララ」
 ダーサが厳しい声を出す。
「駄々を捏ねるのは、『悪い子』のする事よ」
 びくりとララの肩が揺れる。しかし、彼女は引かなかった。
 ルエラは、ダーサを見やる。
「申し訳ないが、ここへ泊まって行っても良いだろうか」
「研究所の支援で何とか続いているような孤児院ですから、きちんとした用意はできませんが……」
「気にしない。寝床も、床で構わない」
「すみません。お忙しいでしょうに、子供のわがままに付き合ってもらうような事……」
 ダーサは、ペコペコと繰り返し頭を下げていた。

 子供達の寝室は、一階にあった。硬そうなベッドと、小さな机と椅子。それからルームメイト三、四人で共用の箪笥が一つあるのみ。ルエラ達は、空きのベッドがまとめられている部屋を当てがわれた。
「地下じゃないんだな」
 部屋を見渡し、ディンが呟く。ダーサはきょとんと目を瞬く。
「さっき俺達が避難していた部屋の他にも、扉があったから。その先が寝室なのかと思っていた」
「ああ……あの先は、部屋ではありませんよ。大きな暖炉があって、熱を各部屋に送っているんです。ほら、この部屋もパイプがあるでしょう」
 ダーサの指差す先を見れば、窓際に太いパイプが通されていた。
「地下の部屋は危険ですから、入らないようにしてくださいね。もちろん、私も鍵を掛けるようにしていますが」
「ああ、解った」
 ディンはうなずく。
 ダーサはその他の部屋の位置を簡単に説明すると、子供達を寝かしつけに行った。ルエラは窓際へ寄り、パイプに手をかざす。手を近付けただけでも、熱を持っているのが分かった。
「何か、気になる事でもあるの?」
 アリーが、ルエラの横からパイプをのぞき込むようにして問う。
「いや……気になると言うほどでもないのだが。よく、こんなにも余っているベッドがあったものだなと……」
「いなくなっちゃった子たちの分だよ」
 女の子の声に、ルエラ達は戸口を振り返る。ダーサが開け放して行った扉の前に、淡い金髪を肩で切り揃えた女の子が立っていた。
「ララちゃん……だったかな。いなくなったとは、どういう事だい?」
 アーノルドが問う。ララは、怯えるように身を引いた。アリーがララの目の前まで歩いて行き、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「いなくなっちゃった子達がいるの? 詳しく話してくれるかな?」
 ララはこくんとうなずく。
「悪い子は、お化けにつれて行かれちゃうの」
 ララは冗談を言っている風でもなく、至極真面目な表情だった。
「みんな、知ってるよ。先生がね、いつも言うの。言うことを聞かなかったりあばれたり、悪い子はみんな、いなくなっちゃった。お化けにつれて行かれちゃったの」
「それって……」
 アリーは眉根を寄せる。フレディは、己が主を振り返った。
「酷い所に回されると言う事でしょうか? ここ、孤児院にしては恵まれた環境でしょうし……」
「私も、もうすぐつれて行かれちゃうかもしれない。いやだよぉ……」
 涙目になるララの頭を、アリーは優しく撫でる。
「大丈夫だよ。ララは、悪い子じゃないもん」
「リンさーん!」
 黄色い声が、重苦しい空気をぶち破った。
 先ほど、ルエラに集まっていた四人の少女達が、パタパタと駆けて来る。釣り目の女の子が、部屋の奥にいるルエラへと手を振った。
「リンさん! 私達、おやすみの挨拶しに来たんです!」
「ああ……おやすみ」
 ルエラは微笑む。
「おやすみなさいー!」
 三人の声が重なる。内、一人は、ララと同じくアーノルドを見てびくりと肩を揺らし、友達の背中に隠れていた。
「ほら、ララも部屋戻らないとまた先生に叱られるわよ」
 リーダー核の子は年下の面倒見も良いらしく、ララの手を引いて自分たちの部屋へと戻って行った。
「モテモテだな、ルエラ」
 五人が去り、ディンがニヤニヤとルエラを振り返る。ルエラは軽く肩をすくめた。
「男装はしていても、中身は女だからな。話しやすく感じるんじゃないか? 地下にいた時の話題も、女の子らしい恋バナだったしな」
「え?」
「あれくらいの年齢の普通の女の子達は、ああ言う話をするんだな。私が同じくらいの時は、早く長期の旅に出られるよう勉学に必死だったから。
 さて、私達も眠るとしよう。明日は、研究所に行きたい。朝の内に、一度宿へ戻るぞ」
 ルエラは端のベッドを陣取り、さっさと布団に包まる。
「自分が女だって事もだけど、今は男装していて見た目美形の少年だって事も、自覚した方がいいな、こいつ……」
 ディンのぼやきは、ルエラには届いていなかった。

 そしてその晩、とある研究所で火災が発生した。
 炎は近隣の建物にも飛び火し、裏手にあった木造の古い小さな宿屋は全焼。ルエラ達がその事を知ったのは、朝になりダーサや子供達に別れを告げ、宿屋へと戻った時だった。


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2014.8.23

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