港を離れ、町の内陸部に入ると、美を重んじるリム国らしからぬ白い大きな箱のような建物が立ち並んでいた。宿の裏手にもあったそれは、港から離れるほどに数を増す。
 アリーは物珍しそうに、左右に迫る白い壁を眺めていた。
「なんだか、変わった町並みだね。箱が並んでるみたいで、冷たい感じ……」
「レポスの建築様式だな」
 ルエラが答えた。
「恐らく、軍の関係施設だろう。レポスの建造物は機能性に優れているから、軍や研究所では積極的に取り入れているんだ」
 宿屋の主人が言っていた通りまでは、少し距離があった。裏道に構える安めの店で適当に食事を済ませ、帰路を辿る。大通りを外れて少し行った所で、アーノルドがピタリと足を止めた。ルエラも続けて足を止める。足元から、砂埃が巻き上がる。
「アーノルドさん?」
 ディンがきょとんとアーノルドを振り返る。アリーとフレディも、怪訝気な顔をしていた。
「……何か、聞こえないか?」
 そう呟いたのは、アーノルドではなくルエラだった。
 幽かにだが、ゴーッと言う音が聞こえていた。そして、何か大きな物が転がるようなカランカランと言う音。空を見上げるがそこに雲はなく、細い三日月を取り囲むように星々が瞬いている。
 天候に前兆は見られない。しかし、これは。
「竜巻だ!」
 アーノルドが叫び、ルエラとフレディの腕を引いた。ディンとアリーも、後に続いて駆け出す。
 辺りの風が強まり、道端に転がった空瓶が背後へと半ば浮くようにして吸い寄せられて行く。ちらと背後を振り返れば、星空へと伸びる風の渦が見えた。
「こっちです! 急いで!」
 女性の声に、ルエラ達はそちらを見る。左右に立ち並ぶのは、白い石壁の飾り気のない建物。高い塀は途中で途切れている。門戸のない入口に、眼鏡をかけ髪をひっつめにした女性が立っていた。手招きする彼女の方へと、ルエラ達五人は脇目も振らずに駆けて行く。
 門から直ぐの所にある玄関扉は、開きっぱなしにされていた。女性の後に続いて、ルエラ達は中へと入る。金属製の重そうな扉を閉じながら、女性は言った。
「奥へ。床に、地下への入口が開いているでしょう」
 ディンが奥に走り、廊下の突き当たりで立ち止まった。
「あった。これだな?」
 一メートル四方の四角い穴が、床に空いていた。傍らには、同程度の大きさの板が立て掛けられている。普段は、これでふたをしているようだ。
 ディン、フレディ、アリー、ルエラ、アーノルドの順に、狭い階段を降りて行く。鉄扉の施錠を終えた女性も、最後に続いて階段を降りて来た。
 階段を下りた先には、玄関から入った時と同じ短い廊下があった。突き当たりと左右に、扉がある。
「右です」
 後ろから女性の声がして、ディンが扉を開ける。
 扉の先は、広い部屋だった。部屋には絨毯が敷かれ、大きな机が置かれている。その机を取り囲むようにして、小さな子供達が座り込み、ルエラ達を不思議そうに見上げていた。
「先生、この人たち、だあれ?」
 薄桃色のワンピースを来た、金髪を肩の所で切りそろえた女の子が、ルエラ達を招いた女性に尋ねた。
「俺は、ディン。旅の途中で竜巻に遭ったところを、先生が助けてくれたんだ」
 そしてディンは、ルエラ達を準々に紹介して行く。もちろんルエラについては、いつものごとくリン・ブローと言う架空の名前だ。
 一通り紹介を終えると、ディンは「先生」と呼ばれた眼鏡の女性に頭を下げた。
「ありがとう。おかげで助かった」
 ルエラも、ぺこりと頭を下げる。女性は、優しく微笑んだ。
「いいえ。困った時は、お互い様ですから。
 私は、ダーサ。この孤児院で、子供達の世話をしています」
「なるほど。それで、こんなに子供達が……」
 アーノルドが言って、室内を見回す。子供達の一人が、フレディのマントをクイクイと引っ張る。
「お兄さん、魔法使いなの?」
 濃紺のマントに、軍支給の長い杖。それらの格好を見て、判断したのだろう。フレディは微笑みうなずく。
「ああ、そうだよ。あと、リンとアーノルドさんも、魔法使いだ」
「スッゲー!」
「かっこいい!」
 子供達は目を輝かせ、フレディの周りに集まる。杖に興味を示す者、魔法を見せろとせがむ者。フレディは杖を突き出し、暖炉に火を灯す。子供達の間から歓声が上がった。
「子供達がすみません……」
 ダーサは困ったように謝る。フレディは人の良い笑顔で笑っていた。
「大丈夫ですよ、これくらい」
 元々彼がいた村でも、同じような様子だったのかもしれない。フレディは、随分と子供達の相手に慣れた様子だった。魔法使いへの物珍しさとフレディ自身の人当たりの良さとで、子供達は自然と彼の周りに集まって行く。
「ディンだけ、魔法使いじゃないんだー」
「役立たずだぜ、役立たず」
 一部の男の子達が、ディンに絡んで行く。
「このクソガキ、髪引っ張るな! ちょっ……剣には触んな、マジで危ないから!!」
 必死に柄と鞘を両手で押さえながら、ディンは逃げる。わんぱく坊主達は尚更調子に乗って、ディンを追いかけ回していた。
「同じくらいの年齢の子が多いな……」
 子供達を見回し、ルエラがぽつりと呟いた。下は十から、上はルエラより少し下。最も多いのは、十一、二歳くらいだろうか。
「ここにいるのは皆、十年前に親を亡くした子達なんです」
 ダーサが、答えるように言った。
「皆、元々は首都に住んでいたんです。ヴィルマによる大量虐殺……あなた方くらいの年なら、聞いた事はありませんか? この子達は、あの事件の被害者なんですよ」
「そう……か……」
 ルエラは言葉を詰まらせそうになりながらも、何とか相槌を打つ。
 十年前、ルエラや国王マティアスを騙し、人々を殺めていたヴィルマ。彼女が惨劇を起こしたのは、ルエラのためだった。ルエラと共に、魔女の国へ行くため。人間など何とも思っていないのだと信じてもらい、受け入れられるため。
 この子達は、ルエラのせいで。
 不意に、温かな手がルエラの冷え切った手に触れた。アリーが、隣に立っていた。彼はにこっと笑顔を見せ、励ますように軽くルエラの手を握り締める。そして直ぐに手を放すと、フレディやディンを気にしつつも声をかけられず遠巻きに見つめている子達の方へと歩み寄って行った。


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2014.8.16

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