部屋の一番奥、窓際にアリー。その手前にルエラ。隣にディン。一番外側にフレディと言う形で寝床は収まった。他の三人が寝静まっても、ディンはなかなか寝付けずにいた。夜も更け、聞こえるのは風の音のみ。時折隙間風が吹き込むものの、フレディが灯した炎のおかげで部屋は暖かかった。彼の出身は、寒さの厳しい北の山奥だ。彼の魔法は、さぞ重宝されていた事だろう。
 もぞ、と隣のルエラが動く。あまり見ないようにしようと心掛けてはいても、動かれてはどうにも反射的に目が行ってしまう。暗闇に慣れた目では、足元の炎と窓からの月明かりだけでも十分に彼女の寝顔を視認出来た。
 柔らかそうな肌に、長い睫毛。それらはどう見ても女の子のものでしかないのに、まだ個人差により未発達な子もいる年齢とは言えよくも男装が通じるものだ。王女であるが故の威勢の良い立ち居振る舞いが、良い誤魔化しになっているのだろうか。とは言え、もう少し自分が一人の女の子であると言う自覚を持って欲しいものだが。まさか、これまでにも平気でこう言った雑魚寝も繰り返して来たのではと要らぬ心配までしてしまう。
 こうして黙っていれば、綺麗な女の子でしかないのに。
 そっと、その柔らかそうな頬に手を伸ばす。触れるや否や、パシッと小気味良い音を立てて払い除けられた。
(起きてたのかよ……)
 強く払われた手をかばいながら、ディンはルエラを再度横目で見る。警戒されてしまったのか、ルエラは再び寝返りを打ち完全にディンに背中を向けてしまった。心なしか、距離も離れたような気がする。ディンの自業自得ではあるのだが、それでも好きな子にこんな態度を取られれば傷つくなと言う方が無理な話だ。旅への同行を許され、少しは心を開いてくれたかと思ったのだが。
 それからまたしばらくして、今度は反対隣がごそごそと動いた。暗がりの中、フレディはそっと起き上がり音を立てずに部屋を出て行った。
 一体どうしたのだろう。身体を起こし掛けたディンの横で、ルエラがスッと立ち上がった。
「私が見てくる」
 アリーを起こさぬようヒソヒソ声で言うと、ルエラは青いコートを羽織り、部屋を出て行った。
 フレディは、ディンが王子である事を知っている。ルエラも王女ではあるが、彼女の正体についてフレディは知らない。同じ軍人と言う立場だと思っている彼女の方が、フレディも話しやすいかも知れない。
 気になりはするが、ルエラの事だから聞けばディンにも話してくれるだろう。ルエラが戻らない内に眠ってしまおうと扉に背を向け横になる。
 こちらを向き、すやすやと眠るアリーの顔が正面にあった。
 ルエラが間にいた分距離は離れているものの、こちらもまた無防備な寝顔だ。ルエラとはまた違った愛らしさのある目鼻立ち。しかしルエラと似た雰囲気もあり、化粧の仕方によっては瓜二つとまではいかずとも似るかも知れない。二つに結んでいた髪は解かれ、柔らかそうなウェーブの掛かった金髪がはらりと顔に掛かっている。
「……」
 ディンは黙って立ち上がると、そそくさと部屋を出て行った。
 扉の外れた玄関から月明かりが差し込み、廊下は部屋の中よりも明るかった。ディンは壁に両手をつき、大きく息を吐く。ルエラと言い、アリーと言い、どうしてこうも無防備なのか。リム国の気質なのだろうか。彫刻を始め芸術に重きを置く国なのだから、ディンとしてはむしろもっと奥ゆかしいイメージを抱いていた。
 建物に部屋は二つだけ。ディン達が寝床にしている部屋と、その隣にある窓の無い小部屋だけだ。ルエラが言っていた通り、物置にでもしていたのだろう。部屋がその二つしかないのだから廊下は短く、五歩と歩かぬ内に外へと出る。外から吹き込む冷たい風にディンは身を震わせ、コートを部屋に置いて来た事を後悔する。
 玄関を出た先は階段になっている。冬には雪が積もるからだろう。ルエラとフレディは、階段を降りて直ぐの所で焚き火を挟んで立っていた。恐らく、部屋のものと同じようにフレディが魔法で出したのだろう。通りに人気はなく、民家も離れている。広さの心配がないため火は部屋のものよりも強く大きく、暖かそうだった。
「……似ているんだ。僕の故郷に」
 ぽつりと呟くようなフレディが言った。そして、くしゃりとルエラに笑いかける。
 二人は夜と言う事を踏まえ小さな声で話していたが、空気が澄んでいるため十分に会話を聞く事はできた。
「君とディン様が訪れた時にはもうただの焼け野原だったけれど、こんな感じだったんだ。建物も人も少ないけれど、のどかで、自然に囲まれていて、寒さが厳しくて……でも、温かい人達だった」
「そうか……」
 フレディの故郷は、魔女によって殲滅された。レポスの山奥を突然訪れた魔女はフレディを怪しい組織へと誘い、彼がそれを断ると村に火を放った。
「ブロー大尉の故郷は、どんな所?」
「リンでいい。そうだな……色々な人がいるな。まあ、首都なんだから当然だが」
「そっか。リンは、街の出身だったんだ。綺麗な所だよね、ビューダネス。軍に入る時に試験を受けにスタード――レポスの首都へ行った事があるけれど、そことはまた雰囲気が違ったな。リムはまだ馬車も多くて、建物も一軒一軒が凝っていて……リンの帰りを待つ間、適当に街を見て歩く事が多かったんだけど、飽きなかったよ」
「ありがとう。自分の国をそう言ってもらえると、誇らしいな」
 そう言って、ルエラは少し微笑う。
 一方、フレディの表情は少し翳っていた。
「リンはさ――ディン様とは、どう言う関係なの? あ……教えても差し支えなければ、でいいんだけど」
「別に、聞かれて困るような極秘任務を課されている訳でもない。ただ、旅の途中で知り合っただけさ。最初、彼は一般市民のふりをしていてね。二人で、ちょっとした事件に巻き込まれたんだ。王子だと知ったのは、その事件が解決した後だった」
「でも、王子様だと知る前のままの接し方?」
「そう。彼もそれでいいと言っていたからな。一緒にいたレポスの女の子は、萎縮していたが。それでも、ディンにからかわれて直ぐにまた調子を取り戻していたよ」
「そっか……」
「フレディは、軍人と言う立場上からも同等の扱いがしにくいのは仕方があるまい。でも、例えお前がディンを呼び捨てにし、タメ口を利いたとしても、ディンは怒りはしないと思うぞ。むしろ喜ぶだろうな。再三、そうするように言っているぐらいだから」
「やっぱり……命令に背いている事になるのかな……」
 恐る恐る言ったフレディの言葉に、ルエラはアハハと声に出して笑った。
「いや、すまない。そんなに堅苦しく考える事もないと思うぞ。ディンは、同等でいたがっているんだ。命令だなんて思われたら、それこそまた嫌がるだろう。フレディがそうしたいと思ったときに、そうすればいい」
 フレディはまだ、思い悩んでいる様子だった。ルエラはフッと微笑んで続けた。
「フレディはたぶん、ディンにとって初めての同じ年頃の男同士の友達なんだ」
 ディンは驚いてルエラを見る。そんな話、ルエラにした覚えはなかった。
「レポスで、ディンと親しい間柄の女性と出会ってね。ディンが幼い頃から、城を出た時の面倒を見ているそうで。彼女から聞いたんだ。
 ディンの奴、ああ見えて王子としての責任感は強いからな。城の中では相当気を張っているだろうし、普通の男の子みたいにバカ言って笑い合うような――そんな友達が、欲しいのかも知れない。命令でも試している訳でもない。あいつは純粋に、お前と仲良くなりたいんだよ」
 ディンは玄関の壁の陰で顔を抑え、しゃがみ込んでいた。他人にこう言う話をされているのを聞くのは、どうにも照れ臭い。
「さてと……私はもう一眠りするが、お前も戻るか?」
「うん。火を片付けてから行くよ」
 ルエラが階段を上がって来る。当然、建物に入った所でその内側にいるディンに気付いた。
「聞いていたのか。眠っていて良かったのに」
「いや、まあ、気になって……まさか、あんなに悩ませてたとはな」
「聞いていたなら、あんまり強制してやるなよ。私が最初の男友達になれると思ったのだろうから、それを裏切ったのは申し訳ないが……だからと言ってその代わりを彼に強制する気もないしな」
「お前の代わりじゃなくて、俺はただ純粋にフレディと仲良くなろうと――」
「分かっている」
「リン……?」
 ディンもルエラも、廊下を振り返る。アリーが、目を擦りながら部屋から出て来ていた。
「どうしたの、皆? 何かあったの?」
「すまない、起こしたか。何でもない。寝付けなくて、少し夜風に当たっていただけだ」
 アリーはふらりと進み出ると、ぎゅっとルエラにしがみ付いた。
「良かった……また、いなくなっちゃったのかと……」
「大丈夫だ。もう、黙っていなくなったりはしない」
 ルエラは優しい声で言って、アリーの頭を撫でる。その仕草は、まるで親子か姉妹のようだった。
「さあ、寝よう。明日は早いんだ。ソルドまでは汽車が通っていない。ここから、町まで歩かなければならないからな」
 ルエラは部屋へと戻って行く。その後にディンとアリーも続く。ルエラが部屋に入り、アリーはふと立ち止まった。
「ねえ、もしかしてディンって、リンの事好きなの?」
 ディンはピタリと立ち止まりアリーを見る。ディンの表情で、アリーは確信を得たようだった。
「やっぱり。さっき、リンの顔に触れようとしてたもんね。思いっきり拒否られてたけど」
「お前、見て……!?」
「皆がいる場所であんな事するなんて、ディンってば大胆ーっ。でも、そっか。それじゃ、僕とリンに気を使ったって言うのは、変な勘繰りじゃなくてリンもそう言う対象だからって事だったんだね」
 ディンは返答に窮していた。ルエラが女だとばれる事はつまり、魔女だとばれる事を意味する。アリーはルエラと親しいようだが、ルエラ自身はまだ秘密を明かす気は無いらしい。ディンが勝手にばらす訳にもいかない。いや、もうばれてしまったのか。どう誤魔化せば――
「ああ、大丈夫。僕、そう言うの偏見無いから」
「……え?」
「好きに男も女も関係ないもんね。王子って立場でそれだと周りは色々言ってくるかもしれないし、リンはそっちじゃないみたいだから大変だろうけど――大丈夫、僕は応援するよ」
(いやいやいや! 待て!! こいつ、勘違いしてやがる!)
 しかし、それを訂正すればルエラが魔女だと知らせる事になってしまう。ディンはただ、黙ってアリーの話を聞いているしかなかった。
「それに、僕も人の事言えないし」
「……ん?」
 意味深な発言を残し、アリーは部屋へと入って行ってしまった。ディンは呆然と廊下に立ち尽くす。
 間もなく、焚き火の始末を終えたフレディが建物の中に入って来た。
「ディン様、どうしました? そんな所で――」
 訝るフレディの両肩をがしっとディンは掴む。
「俺に、男色の趣味は無い!」
「え? あ、はい……」
 フレディは戸惑いつつも、うなずいた。


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2014.3.22

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