作業をしていた者達は全員無事だったが、村長を助ける事は出来なかった。意気消沈したまま、一同はそれぞれ家へと帰って行った。
「なあに、坊主の所為じゃねぇ。俺達の力不足もあったんだ」
「兄ちゃんは、よくやってくれたよ。魔法使いであるあんたがいなきゃ、俺達は皆お陀仏だった」
 村の者達は口々に、そう言ってルエラを励ましてくれた。だが、村長を救えなかったという事実は変わらない。村長の死に気付き、シモンは泣いていた。この村が銀によって栄えるようになったのも、村長のお陰らしい。彼は、この村にとって大きな支えだったのだ。
 ――私にもう少し、力があれば。
 雨や泥に汚れた服を脱ぎながら、ルエラは考える。
 力があれば、村長を救えただろうに。そして、あの時邪魔が無ければ。
 ルエラは気付いていた。突然重くなった土砂。あれは、何者かが妨害したのだ。では、村長の上に降った土砂は人為的な物だったのだろうか。村長は、何者かに殺されたのだろうか。
 そして、落下する時に見た光景を思い出す。地面の下。そこには、大きな空洞があったのだ。削れながらも柱のようになった地面が、かろうじて地上を支えていた。若し、あの空洞が村の中まで続いているとしたら。
 村の周囲では、陥没が頻繁に起こると言う。地下があの状態では、当然だ。寧ろ、村の中では無いという事の方が不自然である。
 ……村で陥没が起こらないのは、ここ八十年近くと言ったか。
「リンー」
 背後にある扉の向こうから、シモンの声がした。続いて、がちゃりと扉が開かれる。
「え、わ……」
「母さんが、夕飯だって」
 そう言うと、シモンは扉を閉め、去って行った。後には、呆然としたルエラだけが取り残される。
 ――見られた。
 ルエラは、彼の前で魔法を使った。女だとばれる事は、魔女だとばれる事を意味する。シモンは、何事も無かったかのように去って行った。だが、扉を開けて直ぐの所にルエラはいて着替えていた。見ていない筈が無い。
「……」
 ルエラは、着替えのTシャツをぐいっと被る。
 一先ずここは、何事も無かったかのようにしていよう。若しもシモンが、ルエラは魔女だと家族に話しているとしたら、考える猶予を彼らに与えたくない。
 てきぱきと荷物をまとめ、扉の脇に置く。若しも彼らがリンを捕まえようとするならば、直ぐに逃げ出そう。彼らと戦う事はしたくない。荷物を引っ掴んで、直ぐに家を出よう。
 準備が整い、恐る恐る部屋を出る。慎重に廊下の奥まで歩いていき、一気に押し開いた。
「リンの席はそこだよ。どうしたの、コートなんて着て」
 掛けられた第一声は、シモンのそんな言葉だった。
 エレーナが席を立ち、リンの元まで駆け寄り腕を引く。
「お兄ちゃんの席ね、エレーナの隣なの!」
「エレーナ、食べてる時は席を立たない!」
 エレーナはルエラを引っ張って行き、大人しく席に着く。
 ルエラは唖然として、一家団欒の風景を眺めていた。
「どうしたんだ、リン? 冷めるぞ。冷えたんだから、たっぷり温まっとけ。な?」
 ヤコブが机の向こうから手を伸ばし、ルエラの頭をくしゃくしゃと撫でる。
 ルエラはぎこちない動作で、食事に手をつける。パンやスープを口にしながらも、ちらちらとシモンの様子を伺っていた。だがシモンは、先程の事を口にする様子は無い。
「あ。そう言えば、リン。さっき、夕飯に呼びに行った時だけど――」
 不意にそう持ち出され、ルエラの肩が揺れる。
「……何だ」
 やはり、見ていない筈が無かった。いつでも席を立てるよう、ルエラは構える。
 シモンは、言った。
「リン、怪我してるの? 随分大きい怪我みたいだけど、大丈夫? 若しかして、昨日土砂で落ちてた時?」
「へ……」
 ルエラは目をパチクリする。
 ライサが驚いてルエラに目をやった。
「そうなの?」
 しかし、答えたのはシモンだ。
「うん。さっき夕飯呼びに行ったらさ、着替え中だったんだけど、胸から腹にかけて包帯でぐるぐる巻きだったから――」
 ルエラは乾いた笑いを漏らす。
 シモンが扉を開けた時、ルエラは背を向けていた。後姿では、女と分からなかったという事か。
 巻いているのは包帯ではなく晒だ。包帯と晒では太さが全く違うが、確かに巻いている状態をぱっと見ただけでは分かりにくいだろう。
「ああ……平気だ。以前旅の中でした傷だし、もう治りかけているから……」
「良かったわ。若し換えの包帯が要るようなら、遠慮無く言ってね。リンは、ヤコブやシモンの、命の恩人だもの」
「それを言ったら、私もシモンに助けられた」
「僕なんて大した事無いよ。リンが上に上がってきたのは、自力だったし。腕の筋肉もついてたよね。いいなぁ、カッコイイ」
 ルエラに追い討ちを掛けるように、シモンは話す。悪気は無いのだろうが、褒められてもあまり嬉しくない。
 ヤコブはがははと笑う。
「シモンはひ弱だからなあ。父さんみたいに銀鉱で働きたいなら、もっと鍛えにゃならんぞ」
「別に、銀鉱で働かなくたっていいもん」
「それじゃ、何になるってんだ? この村じゃ、他に仕事なんて殆どねぇだろ」
「特に無い。でも、駅のある街で働くんだ。あ、別に村は出て行かないよ」
「エレーナもーっ。エレーナも、村の外で暮らす!」
「あら。エレーナは何になりたいの?」
「リンお兄ちゃんのお嫁さん!」
 ルエラはぽかんとしてエレーナを見る。
 ヤコブが立ち上がった。腕をぽきぽきと鳴らし、ルエラを見下ろしている。
「よし、リン……手合わせといこうか……」
「いや……子供が言う事だから……な……?」

 ヤコブを宥め、何とか無事夕飯を終えた。ライサは皆の食器を抱え、奥の部屋へと下がる。恐らく、そこが台所なのだろう。
 席を立ち、ルエラはヤコブに問うた。
「電話を借りても良いだろうか」
「ああ。家族に連絡か?」
「……そんな物だ」
 電話は、廊下の途中にあった。受話器を取り、ダイヤルを回す。限られた者しか知らない、電話番号。そして、ルエラ以外がこの番号を使う事は滅多に無い。
 数回の呼び出しの後、電話は繋がった。電話交換手の綺麗な声が応答する。
「もしもし、私だ。私軍のサンディ・ブルザ少佐に繋いでくれ」
「ブルザ少佐は、現在、任務により北部へ向かっております」
「何だって? 北部の総司令部か?」
「申し訳ございません。そこまでは……」
 電話の向こうから、交換手以外の声が聞こえて来た。滅多に使われない電話の対応をしているものだから、誰かが興味を示したのだろう。
「そこにいるのは、誰だ?」
「ノエル王子様が、姫様とお話したいとの事なのですが……」
「換われ」
 了解しました、と言い少しの間無言になる。
 やがて、電話の向こうから明るい声が聞こえて来た。
「姉さん? 久しぶりだな。どうしたの? 今、何処か……は、聞かない方がいいのかな」
「ああ、そうしてくれると助かるな」
 そう言って、ルエラは苦笑する。
「ブルザが北部へ行っているようだが、お前は行き先を聞いているか?」
「さあ……オゾン中将の瞬間移動魔術で言ったらしいから、彼に聞いたら分かるんじゃないか?」
「否、分からないのなら良い。少し調べ物がしたいだけだから。今、大丈夫か? コーズン村の地脈をついて調べて欲しいのだが。大至急だ。私の隊の、レーン曹長なら直ぐにやってくれるだろう。彼が他の任務に就いているようなら、穴埋めは他の物を入れるように行ってくれ」
「分かった。勅命、って言えば良いんだよな?」
「ああ。……平気だろうか」
 ノエルは、途中から王子になったという事もあり、直接の命令に慣れていない。小さな調べ事でさえ勅命を多量に出しているルエラに比べ、ノエルはいまだ規定通りの動かし方しかした事が無かった。
「大丈夫だよ。僕もその内、勅命出さなきゃいけない時が来るんだろうし……伝言ででも、慣れておかないとな」
「それじゃあ、頼む。深夜までに調べてくれ。連絡は、この電話をレーンに使わせ、私まで直接頼む。その方が速いからな。番号は……」
 尋ねておいた電話番号を、ルエラはノエルに伝える。そして、受話器を置いた。
 軍舎で眠っているであろうレーンには悪いが、これで直ぐにもデータが揃う。
 あとは、どう解決するかだ。


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2009.8.1

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