レーナがノエルの部屋を訪れている頃、時を同じくして、ルエラは中庭へと赴いていた。
 リム城の中庭には半球状の屋根があるため、雨や雪が降り込む事はない。レポスから贈られた薔薇もさすがに専用の魔法なしでは花を咲かせず、枯れ木と支柱が並ぶばかり。中央には噴水があり、その陰に隠れるようにして白髭の男が佇んでいた。
「ルメット准将!」
 ルエラはドレスの裾をたくし上げ、噴水の方へと駆け寄る。
「遅くなってすまない……リン・ブローで来られれば良かったのだが、この時間は城内に清掃が入っていて、着替える事が出来なくて……」
 ルエラの部屋にリン・ブローの服があったら、侍女にでも見つかった場合に言い訳が立たない。ルエラ=リンだとばれる危険を避けるため、リン・ブローの服は使われていない部屋に隠していた。
「いえ、問題ありません。あなたのお立場では、抜け出すのが容易ではない事ぐらい想定していましたから。むしろ、よく来られましたね」
「昔から、脱走は得意なんだ」
 ルエラは少し笑う。
「――お一人ですか」
 ルエラをじっと見据えたまま、ルメットは言った。
 その様子に妙な違和感を覚えながらも、ルエラはうなずく。
「ああ……見ての通りだ」
 アリーやディン達に相談しようかとも思った。しかし、ルエラはそうしなかった。
 ――ララ達の生存を知る者の中には、裏切り者がいる。
 ラウに与していたジェラルド・プロビタスは、ララ達の生存を知っていた。誰か、ラウと内通している者がいるのだ。一人になろうとするフレディを追ってみたが、特に怪しい素振りは見せず、彼はジェラルドに対して本気で悩んでいる様子だった。ディンは一人で「城への連絡」に行き、ルエラを魔法の使えない立場でレポス城へと誘い込んだが、その目的はくだらないもので結局何も危険な事はなかった。
 仲間を疑う事はしたくない。しかし裏切り者の存在が確かである以上、その存在を暴かなければならない。信じるためにも、一人一人、確かめていかねばならない。
「まず、ララ達の件について、礼を言いたい。准将らが手を貸してくれたのだと、アーノルドから聞いた。ありがとう。それで……その件については、どの範囲の者達が知っているのだろうか? 私も、協力者について把握しておきたい」
 ルメットは答えなかった。
 丸い眼鏡の奥に見える小さな瞳は、ただじっとルエラを見つめている。
「……ルメット准将?」
 訝るルエラの眼前に突きつけられたのは、黒光りする銃口だった。
「……っ!?」
 ルエラは息をのみ、身を引く。ズガンと割れんばかりの銃声が、中庭に響いた。
 ドッとルエラは尻餅をついた。身をよじり、続けて放たれる銃弾を避けると、逃げるように駆け出す。
 今、ルエラは王女の格好をしている。魔法で応戦する訳にはいかない。一撃目は氷の盾で防いだが、それを繰り返していれば駆けつけた者の目にも映る事となる。
 ルメットは、虚ろな瞳でルエラを追う。銃口が向けられ、ルエラは枯木の裏へと身を屈める。花も葉もない薔薇は身を隠す盾にはならないが、狙いを定めにくくする程度の障害物にはなるはずだ。
「くそっ……ドレスじゃなければ……!」
 裾の広がったドレスは重く、正面からの抵抗を受けてルエラの動きを阻害する。
 鋭い痛みが、ルエラの肩を襲った。
「ぐっ……」
 足を踏み込み、よろめいた身体を立て直すと、横へ跳ぶ。続けて放たれた銃弾が、地面を穿つ。
 患部は熱を持ち、意識を朦朧とさせる。もつれる足を何とか動かし、ひたすら枯木の間を逃げる。
(早く……早く来い……何をしている……!)
 城内には、守衛隊の者達がいる。中庭の近くにも、衛士の立つポイントはある。これだけ派手に銃撃が行われていれば、気付くはずだ。
 ふと、駆けるルエラの足が止まった。正面には、枯木の茂み。左右もずっと枯木が続いている。この格好では、飛び越えるなんて不可能だ。
 ここまでか。
 ルエラは振り返る。銀色の支柱が露わとなったアーチをくぐり、ルメットが姿を現した。虚ろな瞳が、ルエラを捕らえる。
 ゆっくりとルメットの腕が上がり、銃口がぴたりとルエラに狙いを定める。
 ルエラの頬を、汗が伝う。
 乾いた銃声がガラスの屋根の下に響き、血飛沫が舞った。
 ドサッと崩れ落ちるように、ルメットはその場に膝をつく。取り落とした拳銃を拾おうと伸ばした腕を、更に銃撃が襲う。ルメットはドサリとその場に倒れ、動かなくなった。乾いた土の上に、血溜まりが広がっていく。
「姫様! ご無事ですか!?」
 枯れた繁みを飛び越え現れたのは、長いブロンドの髪を一つに束ねた女軍人。彼女は、痛みに苦しみうごめくルメットへと銃を向け、ルエラを背中にかばう。
「この近くを守る守衛の者が、何者かに襲われ気絶していたんです。何事かと思っていたら、銃声が聞こえて……直ぐに応援が来ます」
 言い終わるが早いか、渡り廊下の方からバタバタと私軍の軍服に身を包んだ者達が駆けつけて来た。ルメットは抵抗する間もなく、彼らに取り押さえられる。
「姫様、お怪我を……!? 誰か! 医者を呼んで!」
「ハッ!」
 女の指示に、軍人の一人が駆けて行く。
「――魔女だァ!」
 軍人達に囲まれ、連行されながら、ルメットが突然叫んだ。
「魔女だ! その娘は魔女だ! ルエラ・リムは、魔女なんだ!」
 喚くルメットを、女は冷ややかな目で見つめる。
「ソルドの間者めが、戯けた事を。姫様、お肩、失礼いたします。応急処置をしなくては……」
「待ってくれ。違う。これは、准将の意志ではない!」
 血の滲む肩を押さえ、ルエラは立ち上がった。
「様子がおかしい。彼は、魔女に操られている」
「姫様。そうだとしても、今、あの状態の彼を野放しにする訳にはいきません」
 ブロンドの女は厳しい声で言う。
 ルエラは視線を落とす。地面に落ちた拳銃は血溜まりに触れ、その銃口を赤く汚していた。


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2016.3.5

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