王座に座したその男は、頭を抱えていた。
 妻に続き、娘までも。多少奔放なところはあったが、素直で真面目な娘だった。ヴィルマに裏切られ、国民から後ろ指をさされ、それでもこの子は守っていこうと心に誓っていた。
 その娘に黒の判定が出て、マティアスは途方に暮れた。しかし魔女を擁護する事は出来ない。ヴィルマの時の事もある。ここでまた国が魔女を擁護すれば、国民は黙ってはいないだろう。王女の処刑を、王家は受け入れるしかなかった。
「大丈夫ですか、あなた」
 隣に寄り添うクレアが、心配そうにマティアスの顔を覗き込む。
「ああ……」
 処刑の場を混乱させ、逃げおおせた娘。軍が捜索をしてはいるが、一度取り逃がした以上、捕まえる事は困難だろう。
「父上!」
 広間の扉が開き、朗々とした声が響いた。
 ノエルはマントをはためかせ、マティアスの前まで進み出ると、片膝をつき頭を垂れた。
「姉上――ルエラ・リムの捜索は、ここまでになさりませんか」
 マティアスはゆっくりと顔を上げ、ノエルを見下ろす。
「――つまりお前は、魔女を見逃せと?」
「ソルド国に最後通告を出された今、軍備を整える事が先決かと。
 かつて大量虐殺を犯したというヴィルマとは違い、ルエラは何も罪を犯しておりません。強いて挙げるとすれば、逃走時の公共の場の破壊程度。彼女に、国や他人に仇なす意思があると、父上はお思いですか」
 ノエルは、王座に座る義父をまっすぐに見上げた。その顔に迷いはなく、確固たる意志があった。
 一時の沈黙が、その場に満ちる。
 やがて、マティアスが低い唸るような声でその沈黙を破った。
「私も、正直なところ、戸惑っておる。あれは、私の知る魔女とは違う行動を取った。魔女が、人間のために自らの身を危険に晒すなどという話も、自らの立場を捨てて人間を助けるなどという話も、これまでに聞いた事が無い。
 しかし、このまま捨て置く訳にもいくまい。ハブナ王女はどうした? 彼女は、ブロー大尉……変装したあれと、行動を共にしていただろう。彼らが宿泊していた宿も、出払った後だったという。万一、彼女が騙されて連れ去られたのであれば、国際問題だ」
「ハブナ王女ならば、心配無いでしょう」
 ノエルは微笑む。
「彼女には、人の本質を見抜く力がおありです。もしハブナ王女がご自身の意思でルエラと共にいるならば、ルエラは彼女に危害を加える気はないのでしょう」
「……ふむ」
 マティアスは、深慮するようにノエルを見やる。
 色の瞳を見つめ返し、ノエルは続けた。
「私の進言であれば、父上も動きやすいでしょう。齢十四の、平民育ちの王子ならば、多少の甘い態度も納得する者は多いでしょう?」
 マティアスは目を瞬く。そして、フッと微笑んだ。
「……政には向かない性格かと思っていたが、お前もやはり、カッセル子爵の孫だな」
「祖父と重ねられるのは、あまり喜ばしく思えませんが……」
「そう言ってやるな。お前のお爺様だろう。
 何、含みのあっての言葉ではない。お前も十分、国王としての器がありそうだという事だ」
 ノエルは少し驚いたように目を見開き、それから深く叩頭した。
「ありがとうございます……!」

 その日の内に捜索は打ち切られ、マティアス・リム国王は国内全土へと声明を発した。
 ――ルエラ・リム王女を、我が国から永久追放とする、と。

* * *

 陽が、西へと傾いて行く。夕陽に赤く染まるリム城を、ルエラは林の植わる小高い丘から眺めていた。
 ブルザ達の協力により無事、首都を抜け出し、ルメット准将とも合流する事が出来た。一先ずは難を逃れたが、この先は更なる困難が待ち受けているだろう。
「ルエラーっ。出発出来そう?」
 木々の合間から、ひょこっと金髪の頭がのぞく。
「ああ、問題ない」
 自ら明かした、自身の正体。もう、ルエラ・リムにも、リン・ブローにも、帰る場所は無くなってしまった。命を狙われ、追われる身。
 それでも彼らと一緒なら、この先、何があっても乗り越えられるだろう。かけがえの無い、大切な仲間達と一緒なら。
 ルエラは城へと背を向けると、仲間達の輪の中へと駆けて行った。



 北歴一七二〇年一月十二日、ルエラ・リム、処刑場より逃亡。時の国王マティアス、追放令を下す。
 同月十六日、ソルド国より要求拒否の返答あり。――北部国境にて、戦火燃ゆる。


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2016.10.29

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