城門の前に姿を現した青いコートに銀髪の少年姿に、二人の門番は「またか」と言う顔をした。
 ルエラは門の前で立ち止まり、彼らを見上げる。
「――門を開けろ」
「駄目だ、駄目だ。あんた、もう私軍じゃないんだろう。立入禁止の指示を出した姫様が魔女だったとは言え、部外者を入れる訳にはいかない」
「城に用があるなら、役所へ行って正規の手続きを踏むんだな」
「……では、リン・ブロー解雇の命が、偽りのものであったなら?」
「え?」
 きょとんとする門番達の前で、ルエラは頭に手を掛ける。
 髪を短くする魔薬は飲まずに来た。鬘の下にあるのは、銀の長髪。
「――駄目よ、ルエラ。教えたでしょう。『魔女だと言う事は、誰にも話しては駄目』って」
 突如頭の中に聞こえてきた声に、ルエラは手を止め、辺りを見回した。
 広い通りを行き交う人々。一定間隔で立ち並ぶ兵士。路肩に停められた軍用車両。
 そして、いた。通りの向こう、街灯の陰に半ば隠れるようにして佇む人影があった。
 黒いマントを身にまとい、フードを目深に被った姿。顔こそ見えないが、それが誰なのかははっきりと分かった。
 人影はふいと背を向け、路地へと入って行く。
「――待て!」
 ルエラは黒い影を追い、一目散に路地へと駆け込んで行く。
 マントの人物は逃げるでもなく、路地に佇みルエラを待っていた。
「まさか、またここで出会う事があろうとはな……ヴィルマ!」
 フードの下からのぞく紫色の瞳。透き通るような白い肌。年齢を感じさせない端正な顔立ちは、ヴィルマに間違いなかった。
 構えるルエラに対し、ヴィルマは首を左右に振り片手を上げる。
「今日はあなたと戦う気も、あなたを連れて行く気もないの」
「貴様がどう言うつもりだろうと知った事ではない。貴様は、指名手配を受けている虐殺犯だ」
「話がしたいのよ」
「自ら出頭する気になったと言う話ならば聞いてやろう」
 ルエラは氷の槍を創り出し、ヴィルマへと突きつけながら返す。ヴィルマは、攻撃を仕掛ける様子もなければ、守りに入る様子もなかった。
「――今お城にいる、あなたのお友達の話よ」
 ルエラは思わず硬直する。ヴィルマはするりとルエラの横を通り抜けると、大通りへと出て行った。
「あっ……おい!」
「こんな薄暗い所で立ち話なんて嫌だわ。どこかお店に入りましょう」
「店って……貴様は……!」
 ヴィルマは構わず、人々が行き交う道を横切り、向かいの店へと入って行く。
 こんな所でヴィルマと戦って、無関係の人々を巻き込む訳にもいかない。ルエラは槍を消滅させると、母親の背中を油断なく見据えながら後について行った。

「どうしたの? 食べないの? どうせ、お昼もまだだったのでしょう?」
 バターとジャムのたっぷり乗ったパンケーキを切り分けながら、ヴィルマは問う。ルエラは目の前に置かれた皿に一切手を付けず、ヴィルマを睨み据えていた。
「貴様と馴れ合うつもりはない」
「あら、そう? それじゃあ、あなたは誰と馴れ合うの? 自分を殺そうとする人間達?」
 ルエラは口を真一文字に結び、ヴィルマを睨み上げる。
 ヴィルマは何食わぬ顔で、パンケーキを口に運んでいた。
「あなたがどんなに人間に好意的だろうと、あちらは魔女を受け入れはしないわよ。彼らにとって私達は、驚異でしかない」
「例えそうだとしても、私はお前と同じ轍は踏まない。罪なき人を殺すぐらいなら、自分が死ぬ方がマシだ」
「お友達が代わりに死んでしまうとしても?」
 ルエラは口をつぐむ。
 決定された、ルエラ・リム王女の処刑。しかし、今、城にいて処刑を待っているのはルエラ自身ではない。
 アーノルドがラウと繋がっていたのだ。当然、敵もルエラとアリーの入れ替わりを把握している事だろう。
「ラウは動かないわよ。あなたやフレディ・プロビタスならともかく、人間を助ける理由なんて無い」
 ルエラはうつむき、拳を握る。
「そんなもの、はなから期待していない」
「――でも、私は助けてやってもいいと思っている」
 ルエラは顔を上げる。紫色の瞳が、真っ直ぐにルエラを見つめていた。
「あなたが私と共に来ると約束するなら、お友達を助けるわ。ラウを総動員しなくても、私一人でもそれくらい出来る。それだけの力がある。他の人なら、人間を助けるなんて約束、破るかも知れない。でも、私は約束を破ったりしない。今のあなたは、昔の私と同じだから。私も――」
「友達であるオーフェリー・ラランドが、自分の身代わりになって殺されたから……か?」
 一時の沈黙が、二人の間に流れる。
 ややあって、ヴィルマが口を開いた。
「聞いたのね。その様子だと、私があの子に話にたよりも詳しい事情を知っているみたいね」
「ティアナン中佐から聞いた……アリーの伯母様の事」
「そう。それなら、話が早いわ。解るでしょう? このままでは、同じ事を繰り返すだけ。あなたに、あんな思いはさせたくないのよ」
「……貴様は、アリーを殺そうとしていたのではなかったのか」
「ええ。クロードとセリアの息子だからね。大切な人が殺される気持ちを、味わわせてやりたかった。でも、もう彼らは死んだのよ。宣言したからには成し遂げようと思っていたけれど、彼があなたにとっても大切な人だと言うなら、やめてあげてもいいわ」
 ルエラは困惑していた。
 ヴィルマが解らなかった。彼女は、殺された友の復讐のために虐殺を犯したのではなかったのか。他者の命も顧みないほど憎んでいたのに、こうもあっさりと考えを改められるものなのか。そんなに軽いもののために、大勢の人が殺されたと言うのか。
 魔女は悪だと、人は言う。悪魔の遣いだと。化物だと。人間とは異なる倫理観を持って生きる、全く別の生き物なのだと。
「私は……人間でありたい」
 ルエラの口から、言葉がこぼれる。
 ヴィルマはナイフとフォークを置き、真剣な瞳でルエラを見据えていた。紫色の瞳を、ルエラは真っ直ぐに見つめ返す。
「お前は選択を間違えた、ヴィルマ・リム。そして今も、間違え続けている。事情はあったのは分かったが、だからと言って罪無き人々を殺して良い理由にはならない。どれだけの命を奪った? どれだけの人が悲しんだと思う? どれだけの子供が、路頭に迷う事になったと思う? ――魔女への嫌悪が罪だとしても、それはお前が断罪して良いものではない」
 口を開きかけたヴィルマを遮り、ルエラはきっぱりと言い放った。
「リム国王女ルエラとして、そして、一人の人間として、私はお前の手を取る事は出来ない」
 ルエラは口を閉ざす。ヴィルマは冷たい瞳をしていた。
「あなたのお友達、殺されるわよ」
「殺させはしない。絶対に」
 ルエラは手を付けていないパンケーキの代金を机に置き、席を立つ。ヴィルマはそれを、ルエラに返そうとした。
「食事代くらい――」
「貴様におごってもらうような義理は無い」
 厳しい口調で言って、ルエラはヴィルマを見下ろす。
「私達は、敵だ。追跡者と、逃亡犯。今は、それ以外の何者でもない」
「あら……それなら捕まえないの?」
 ヴィルマは口元に笑みを浮かべ、冷やかすような表情でルエラを見上げていた。
「結界も無いこの場で挑んだところで、どうせまた移動魔法で逃げるのだろう。店や客に迷惑を掛ける訳にもいかない。それに、下手に暴れて今牢にでも入れられれば、それこそお前の二の舞だ」
 青いコートの裾を翻し、ルエラはふいと背を向ける。
「よく見ておくと良い。私は、お前と同じ間違いは犯さない。人間を殺す気は無いし、アリーも絶対に殺させはしない……!」
 朗々と言い放ち、ルエラは大股で店を出て行った。

* * *

 今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした空模様。城門前の広場に、時を告げる鐘の音が鳴り響く。
 重い門が、ゆっくりと開かれる。周りを兵に固められ、中央に佇む銀色の髪の少女。彼女の手首には、手枷がはめられていた。
 茶色の瞳が、集まった民衆を見つめ返す。
 浴びせられる罵倒。人々を取り巻く、魔女への憎悪と恐怖。
 ――ルエラ・リム王女の処刑執行当日。処刑台に立つのは、アリー・ラランドだった。


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2016.9.10

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