「ララ?」
 ルエラの問いに、ルメットはきょとんとした顔で首をひねった。
「ボレリスの研究所にいた子供達だ。魔女として処刑されそうになっていたのを、死んだと見せかけて逃がしたという……」
 話しながら、ルエラは何とも言い知れぬ違和感を覚えていた。
 ルエラの話に、目を見開くルメット。……この反応は、明らかにおかしい。
「ボレリス? 研究所? いったい、何の話をなさっている? 我々が手を組んだのは荒野での二人の魔女の確保と、ソルド東部でのヴィルマとの闘いだけです。――ああ、そうだ。その事も伝えねばならない。これはこちらの不手際であり、誠に申し訳ないが――荒野で捕らえた魔女二人に、逃げられてしまいました」
 ルメットは、初めて告白するかのような口ぶりだった。
「護送した者達ごと、消息を絶たれてしまいました。どうやら、軍内部に魔女が紛れ込んでいたらしい」
「ま、待ってくれ。伝えるも何も、その話はすでに連絡をくれて――」
「連絡? 居場所の分からぬあなた方に、どうやって連絡を取ると? 止むを得ず、城を訪ねて帰りを待つしかなかったと言うのに」
「こちらから軍部へ連絡を入れた際に……」
「そちらから連絡など、一切いただいていませんよ」
 仮面の下、ルエラの表情は凍てついていた。
 確実だった。
 ルメット准将は、ララ達の生存を知らない。それどころか、そもそも、ボレリスでの一件自体を知らないのだ。
 ――ルエラ達は、彼に騙されていた。

* * *

「何度来られても、駄目なものは駄目だ! 誰も通すなと、そう仰せつかっている」
「私は、ハブナの王女ですのよ! ルエラさんとは、親交もあります。せめて、どうして急にこのような事になったのか、説明してくださいまし」
「城内は今、厳戒態勢を敷いている。叛逆者達による暴動、ソルドの兵による暗殺未遂、立て続けに起こっている事件を鑑みれば当然だろう。理由は十分なはずだ」
「それでも、その後も城内に招かれていましたのよ! それを、急に外へ放り出すような真似をされて……!」
「少しの間で良いのです。一度、ルエラ様ご本人とお話しさせていただけませんか」
 レーナとフレディは懇願するが、門番は頑なに拒むばかりだ。
 こうなる事は、分かっていた。それでも、昨日同様にこうして真正面から訪ねて行けば、目くらましにはなるだろう。それが、レーナとフレディの役割だった。
「とにかく、帰った帰った! これ以上この場で喚き続けるようなら、実力行使に出させてもらう」
 レーナとフレディは、視線を交わす。ここらが、引き際のようだ。二人は渋々……と見えるように、城門を離れて行った。
「結局、来ませんでしたね、ディン様。ルエラ様とご一緒に中へ入られたのでしょうか」
 通りを歩きながら、フレディはレーナに話しかける。レーナは、わずかに首をかしげる。
「狭い道があるから無理だと言うお話でしたけど……別の道が見つかったのかも知れませんわね。何にせよ、アーノルドさんに連絡がある事でしょう」
「そうですね」
 アーノルドは、ルエラが内部から連絡を取れた場合に備えて、宿へ戻って行った。今朝、ルエラから頼まれたらしい。
「――レーナさん!」
 呼び止める声に、二人は足を止めた。キョロキョロと辺りを見回すと、物陰から手招きする影があった。
 マントを羽織り、フードを目深に被った姿。フレディが、レーナをかばうように一歩前に出る。
「どなたですか。彼女に、何の用が?」
「ああ……えっと、僕ですよ、僕」
 そう言って、彼はフードを少し上げる。その下に覗く顔を見て、レーナとフレディは目を丸くした。
「ノエルさん!?」
「しーっ。レーナさん達がいらしていると聞いて、こっそり抜け出して来たんです。気付かれる前に、直ぐ戻らなくてはいけませんが……きっと城内の様子が気になっているだろうから、少しでもお話しできたらと」
「ありがとうございます」
 フレディは頭を下げる。
「と言っても、姉さん、部屋にこもりっきりで、僕もあれから会っていないのですが……たぶん、姉さんの護衛隊を除くと、最後に会ったのはあなた方だと思いますよ」
 フレディとレーナは、視線を交わす。
 それはそうだろう。今、あそこにいるのはアリーだ。さすがに家族が相手では、偽物だとバレかねない。
「あの姉さんが一歩も部屋から出ないなんて、絶対おかしいです。その上、皆さんを閉め出してしまうだなんて。まるで、姉さんじゃないみたいだ……」
「ブルザ少佐は? 彼は、どうしていますの?」
 レーナの問いに、ノエルはきょとんとする。
「姉さんのお気に入りの方でしたっけ。もちろん彼も、姉さんの護衛についていると思いますよ」
「護衛に? そのまま任務についていますの? 抵抗したりなどと言うお話は?」
「いえ、特に何も……」
 ノエルは困惑気味に答える。
 フレディとレーナは、顔を見合わせる。いったい、どう言う事だろう。ルエラへ連絡も入れず、普段の任務に就いているだなんて。彼は、今城にいるのがアリーだと知っているはずだ。それとも、ノエルには分からないだけで、止むを得ない状況にあるのだろうか。
「……いったい、何が起こっているんだろう」
 ぽつりと呟くように、ノエルは言った。
「ほら、最近、魔女の事件が多いでしょう? 西部のペブルに、北部のコーズンにシャントーラ。ボレリスにも、たくさんの魔女がいたみたいですし。その上今度は、姉さんが魔女だなんて噂が立って。魔女なんて、そうそういるものじゃないのに。レーナさんも、確か魔女にさらわれていたんですよね?」
「ええ……。ハブナでも、本物の魔女の事件は久しぶりでしたわ。前にあったのは、私が生まれるよりもずっと前でしたから」
 レーナは、西の空へと目をやる。遥か西、レポスを越え、大陸を東西に分断する山脈を越え、その向こうにある故国。
「東部の端に位置する村だと伺っております。二十六年前、魔女と魔法使いで構成される集団に、村が襲われたのですわ。領主の屋敷が標的にされ、その家で生き残ったのは齢十四のご令嬢ただ一人でした。死者多数、二人の少年が消息不明。少年の一人は襲撃犯と一緒にいるのを目撃されている事から、二人共、魔女と共に逃亡したのだと見られています」
 フレディは、目を見張る。同じような話を、聞いた事がなかったか。
「少年達のお名前は、ナギとトニ」
 レーナは、静かに告げる。
「もっとも、ナギさんの方は本名ではなく、名前も分からない孤児の少年にご令嬢が付けた呼び名だったそうです。――村を襲撃した一味には、アーノルドと呼ばれていました」


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2016.8.6

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