辺りは炎に包まれていた。民家に放たれた火。方々から聞こえる泣き叫ぶ声。
目の前の女は、凄惨な光景に薄く微笑う。
一瞬、女の姿が揺れたかと思うと炎に包まれた。火柱が消え、そこに立つのは茶色い長髪の男。フレディとよく似た顔つきだが、彼の方が四つも年上な分大人びている。そして、瞳の色だけがフレディとは違っていた。漆のような黒い瞳が、フレディを見つめ返す。
「……兄さん!」
フレディは己が兄へと手を伸ばす。ふと、その身体が崩れ落ちた。その向こうに立つのは、先ほどの女。赤い口紅を引いた唇が三日月形に歪んでいる。
上へと跳ねた何かがフレディの腕の中へと落ちて来る――それは、兄、ジェラルドの頭部だった。
「ひっ……」
薄闇の中、フレディは跳ね起きた。
西側に当たる窓の外は、まだ薄暗い。東側ではもう陽が出て来ているのだろう。真上の方の空が白々と明けて来ていた。
同じコンパートメントにいる三人の仲間は、まだ眠っている。ガタン、ゴトン、とピストンの規則的な音だけが車内に響いていた。
――夢。
フレディはホッと、息を吐く。しかし、完全なる夢という訳でもない。少なくとも、村が全焼した事、村を殲滅した魔女がフレディの腕の中へと村人の頭を跳ばした事は、実際に起こった出来事だ。
そして、フレディの兄、ジェラルド・プロビタスは、その死が確定はしていないものの、行方も分からない。
フレディの正面では、毛布代わりにかけられた青いコートから、ところどころはねた短い銀髪がのぞいている。髪の長さと服装こそ少年のようだが、彼女は少女だった。ルエラ・リム。ここ、リム国の王女様。
そして、魔女。
人々に敬愛され、人々を導く存在でありながら、人々に忌み嫌われる存在でもあるのだ。魔法使いと魔女、実際のところ、その違いは性別だけだと言うのに。古くから、魔女は人々を脅かす存在として言い伝えられてきた。その禍根は根深い。リム国では、王妃ヴィルマがその正体を隠し人々を惨殺していた。十年前のその事件は、人々の魔女への憎しみをなおさら強いものにした。
ルエラの肩に頭を預けるようにして、アリー・ラランドが眠っている。ふわふわと緩いカーブのかかった金髪を二つに結んだ姿はまるで少女のようだが、こちらは少年だ。アリーの両親は十年前、ヴィルマに殺されてしまった。彼が女の子の姿をしているのも、ヴィルマの件が関連している。ヴィルマは、ラランド一家を皆殺しにしようとした。アリーの親戚の者達はヴィルマの追跡を逃れるべく、アリーを女の子として育てる事にしたのだ。託児所へ共に預けられた金が底を尽き、本来の親権者の名前も連絡先も分からず行き場を失ったアリーは、ヴィルマを探すべくルエラの旅に同行する事になった。
ルエラに寄り添うようにして眠るアリー。ディンが先に起きたら、また騒ぎ出しそうだ。
そう思いながら、フレディは隣の席で眠る我が主に目を向ける。そこには、艶やかな金髪の少年が眠っていた。
ディン・レポス。リム国の隣、レポス国の王子様。彼は、ルエラに惚れている。ひょんな事からルエラと出会い、彼女の秘密を知り、協力する事になった。
更にもう一人、定員オーバーのためにアーノルド・ナフティが一人、隣のコンパートメントにいる。いつも目を細くしたニコニコ笑顔。旅の仲間の内、唯一の大人だった。旅をしている流れ者の魔法使いだとの事だが、その素性はよく分かっていない。
フレディは、パンと己の両頬を手で挟むように叩く。
しっかりしなくては。隣で眠るディン・レポスは、フレディの故郷レポス国の王子だ。フレディの隊が属する村は無くなってしまったが、レポス国シャルザ村軍隊長として、軍属魔法使いとして、彼の護衛を全うしなければ。護衛はあくまでも名目上のもので、彼もジェラルドを探してくれているつもりだ。しかし、だからと言って自国の王子を無碍にする訳にはいかない。
フレディは荷物から本を一冊取り出すと、読書を始める。知識は、魔法使いにとって力の根源だ。
余念を振り払おうと一心不乱に読みふけるフレディを、正面の席で眠っていたルエラがそっと目を開け見つめていた。
2015.4.25