夕方には店もあらかた片付き、営業を再開した。事件の翌日と言えども人入りにはさほど影響もなく、宿は賑わっていた。
「アリーちゃん、昨日は格好良かったよ」
「えへへ……ありがとうございます」
 常連の年寄り衆に声を掛けられ、アリーは照れ臭そうに笑う。
 腕っ節に自身のある男が、残念そうに声を上げた。
「俺がその場にいればなあ! アリーちゃんを守ってやれたのに」
「あれだけ強ければ、あんたなんてお呼びじゃないだろうよ」
 客達の間から、笑い声が上がる。
「なあに? 何かあったのかい?」
「店を襲った盗賊を、アリーちゃんがやっつけたんだよ」
「あたしが聞いた話じゃ、百人の悪漢を一撃で倒したとか」
「いや、百人もいなかったし一撃じゃないです」
 噂話が妙に膨らみそうになるのを、アリーは慌てて訂正する。
 その時、カランカランと涼しい音を立て、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ! ……ユマ!」
 アリーの笑顔とは対照的に切羽詰まった表情で、ユマはアリーへと駆け寄って来た。
「アリー! 大丈夫? 何とも無い? 昼間、窓から見ていたのよ。私、心配で心配で……!」
「大丈夫だよ。ちょっと痛かったけど、ちゃんと受け身も取ったし」
「良かった……」
 ユマはホッと息を吐く。
「直ぐに駆け付けたんだけど、外に出た時にはあなた達、もういなくて。そう言えば、リンは?」
「リンなら電話だよ。お城に連絡だって」
「ふーん……」
「おい」
 掛けられた声に、アリーは振り返る。身なりの良い長身の男が、アリーの後ろに立っていた。アリーは、にっこりと営業スマイルを浮かべる。
「いらっしゃいませ。お食事ですか? それとも……」
「昨日の火事は、あんたらの仕業なのか?」
 アリーは目をパチクリさせる。男の視線は好意とは程遠く、アリーを睨み据えていた。
「えーと、ごめんなさい。何の話だか……火事って、川沿いの道の?」
「とぼけやがって。あんた、あの時火のすぐそばにいたそうじゃないか」
「確かにいたけど、それを言ったら他にも人が……」
「それに今日も、学校のそばで妙な丸い凹みが出来ていたそうじゃないか」
 男は、ジロリとユマを横目で見る。学校から直接宿へやって来たユマは、制服のままだった。
 アリーは、男の視線からかばうようにユマとの間に割って入る。そして、背後の親友に囁いた。
「……ユマ、行って」
「でも……」
「大丈夫だから」
 ユマはこくんとうなずくと、逃げるように店を出て行った。アリーはギロリと男を睨みあげる。
「……ユマが魔女だとでも言うつもり?」
「火事も穴も、何の原因も分かっちゃいない。こんな妙な事が立て続けに起こって、疑うなってのが無理な話だろう。それとも、何だ? あんたは、魔女をかばうって言うのか?」
「ユマは魔女なんかじゃない!」
「そう言えば、昨日の夜も……」
 アリーと男の論争を見守っていた客の中から、呟く声がした。
「昨日も、あの子が襲われそうになった時に窓が一斉に割れたわよね?」
「な……っ」
 アリーは言葉を詰まらせる。不自然な割れ方をした窓。そのタイミングは、あまりにもユマにとって都合が良かった。
「アリーちゃん、騙されてるんじゃないかい。魔女ってのは、例え友達だろうと簡単に裏切る生き物だよ」
 哀れむように老婆は話す。アリーは大きく、かぶりを振った。
「ユマは魔女じゃない……! 今日の昼間だって、僕とリンも現場にいたけど、ユマは何もしてなかった」
「外から見える位置にあの娘がいたのか?」
 男は間髪入れずに問う。
 事が起こったのは、高い塀の外。校内のどこからでも見える訳ではない。
「それは……」
 バリンガシャンと言う激しい物音が、店内の口論を遮った。
 反射的に窓を見たが、何ともない。音が聞こえたのは、もっと、遠く。
 アリーは、店を飛び出した。音は、すぐ近くの公園の方から聞こえた。そしてその公園の方向にあるのは、ユマの家。
 夕闇の中、木々に囲まれた公園は薄暗かった。ガス灯の明かりがないのだ。いつもなら、この時間にはとうに点いているはずなのに。
 パキ……と小さな物音がして、アリーは足元を見る。
 ガラスの破片が散らばっていた。少ない光源に照らされ、キラキラと輝いている。
「アリー……」
 か細い声に、アリーは首を巡らせる。
 木々の間を抜けた広場の中央に、一本だけ無事なガス灯が佇んでいた。
 そしてその下に、怯えた表情でこちらを見つめるユマの姿があった。


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2015.1.18

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