魔女の森は焼け野原となり、町には平和が訪れました。

 畑の間の道を、三人の子供たちが駆けて行く。彼らは、腕いっぱいに緑の苗を抱えていた。
 町の北に広がる畑は、ぷつりとまるで線でも引かれているかのように途切れていた。その先は、何もない荒野。ただ土ばかりが延々と続いている。子供たちは、その荒野へと駆けて行く。
「おーい、あんまり急ぐと転んじゃうよー!」
「大丈夫だよ!」
「パパ、早くー!」
 子供たちは立ち止まり、振り返って大きく手を振る。一番小さな女の子の抱えている苗の山が地面に落ち、他の二人も慌てて手伝って拾い集める。
 魔女が去り、幾年もの月日が過ぎ去った。大人達は森のあった場所に畑を広げようとしたが、何の植物も育たなかった。その地は広い荒野となり、砂塵を容赦なく畑と町に吹きつけた。北からの冷たい風をまともに受け、元々植えられていた農作物までも影響を受ける事となってしまった。その段になってようやく大人達は森を燃やした事を後悔した。
 大人達は子供達に追いつき、地面に落ちた苗を拾い上げる。
「ごめんなさい、パパ……大事な苗なのに……」
「大丈夫。今日は、この辺りに植えようか」
 娘の頭を優しく撫で、フリップは微笑む。しょんぼりしていた顔が、ぱあっと笑顔になる。
「うんっ」
 町の人々は防風林を植えようとしたが、芽の出ない土地ではどうしようもない。次第に人々は、この地に緑を植える事をあきらめていった。今でもあきらめずに残っているのは、フリップ達三人と、その家族だけ。
 子供達が新しい苗を植える傍ら、フリップとジェムは各々の妻と共に枯れてしまった苗を引き抜いていく。しばらくして、もう一人の男性がその場に現れた。
「ごめん! 遅くなって……」
「ピーター。今日はもう、来ないかと思ったよ」
「まさか。僕達の友達のためなんだ。あきらめるつもりはないよ。どんなに忙しくったって、これくらいの時間は作るさ」
「殿下の結婚式の服を頼まれたんだって? 呉服屋の跡取りも大変だね。でも、自分の方はどうなのさ。このままだと、せっかく商売繁盛だってのにピーターの代で終わってしまうよ」
「ハハハ……ジェムも言うようになったなあ。まあ、仕事が落ち着いたらね。今は覚える事がたくさんあって手一杯だから」
「殿下が妃に迎えたのって、魔女なんだってね」
「うん。……昔に比べて、魔女への認識はずっと良くなったよ。やっぱり、南の国の魔女のおかげかな」
 フリップは、二人の会話には参加せずに遠くを見つめていた。どこまでも広がる荒野。その向こうに霞んで見える雪山。その向こうには、魔女の国があったと言われている。ユリアは今頃、どこで何をしているだろうか。あの日、彼女は無事逃げおおせたのだろうか。
「大丈夫だよ。僕らをここへ一瞬で移動させたんだ。同じ魔法で、彼女達も逃げ延びたはずだ」
 フリップの心を読み取ったかのように、ピーターが言った。フリップはうなずく。
 あれから十数年、色々な事があった。魔女の国の出現と侵攻、古の魔女の再来、北の国の魔女と南の国の魔女の戦い。悪い魔女を滅ぼした人物もまた、魔女だった。これにより、人々は良い魔女の存在を知った。
 魔女の棲む森が焼け野原となっても、それは「めでたしめでたし」では終わらない。終わらせてはならない。
 もしユリアが再びこの地に舞い戻り、魔女だと人々に知られても、もう彼女の住む森を焼き払おうと言う者はいないだろう。
「父さん! 父さん!!」
「パパ! ママ! こっち来て! 早く!」
 少し離れた所で苗を植えていた子供達が、騒いでいた。一点を取り囲み、しゃがんでいる。フリップ達は顔を見合わせると、そちらへと向かった。
「どうしたんだい? 一体……」
 子供達の後ろから彼らの足元を覗き込み、フリップは息を呑んだ。他の四人の大人達も、同様だった。
 子供達の足元にあるのは、緑色をした小さな芽。
 ざあっと風が吹いた。それは、いつも北から吹き付けていた冷たい風ではなく、温かなそよ風だった。
 風がそよぐ中、フリップは一瞬、変わらぬ白いワンピース姿で微笑むユリアを見た気がした。


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2014.8.10

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