「そんな事より、帰る方法を考えなきゃ。とりあえず、さっき湖に落ちた所まで戻って、そこから真っ直ぐ歩いてみて……」
「真っ直ぐって、どの方向に? 少しでもずれたら、目印まで戻れなくなっちゃうよ」
「さっきのって、あの崖の上? どうやって?」
 矢継ぎ早に尋ねるジェムとフリップの質問に、ピーターは言葉を詰まらせる。
「探せば、あそこに登る道だってあるさ。手袋や帽子の毛糸を解いて、目印として木にくくりつけて行って……。万一外に戻る道に辿り着けなくても、ここに戻れれば昼か夜かも分からない暗い森の中で過ごすよりマシだろう」
「あ! そう言えば僕、コンパス持ってるんだった」
「でかした、ジェム! じゃあ、それを頼りに南へ進めば……」
 ジェムが出したコンパスは、フリップ達が落ちた崖の方を指し示していた。フリップはシャツとトレーナーを頭から被りながら、そちらを向く。まだ乾き切っていない衣服は、少し湿っていた。
「あっちが北か! じゃあ、出口は……え? 北?」
「ジェム……ちょっと、それ持ったまま右を向いてみて」
 ピーターに言われた通り、ジェムは右を向く。コンパスの針は、ジェムの身体の動きに合わせて九十度向きを変え、今度は三人が焚火をしていた方を指し示した。
「壊れてるじゃないか!」
「そ、そんな、でもこれ、新品なんだよ?」
「この辺りは磁場が強いのかもしれない。何にせよ、そのコンパスは役に立たないだろうね」
 その時、ざあっと強い風が吹いた。急な強風に、フリップは目をつむる。ざわざわと木々が枝葉を揺らす音が、辺りに満ちる。
 風が治まり、そっと目を開ける。隣で、ジェムが大きな声を上げた。
「あ! あんな所に、道がある!」
 彼が指し示す先を見ると、確かに道と呼べるものが木々の間にあった。ここと同じく、明るい陽射しが差し込んでいる。
 三人は顔を見合わせると、道の前まで駆け寄った。
 道は、しばらく真っ直ぐに続き、先の方で緩やかな曲線を描いていた。まるで人の手が入っている街道のように、木々は道に沿って植わっている。道の上までその枝葉を伸ばしてはいるが、フリップ達が通って来た道のように何重にも厚く重なってはいない。木漏れ日が道の随所に落ち、所によっては青空さえ覗いていた。
「こんな道、さっきまであったかな?」
 フリップは、二人の友人を振り返る。
「さあ……そんなに周りに注意していた訳じゃないから……」
「方向自体は、僕らが来た方に伸びてるみたいだけど……」
「よし、じゃあ行くか! 行きと同じ道を辿るよりも面白そうだし!」
 うなずき足を踏み入れようとしたフリップの首根っこをピーターが、腕をジェムがそれぞれ掴んで引き止めた。
「何だよ?」
「さっき言ったばかりじゃないか。行動する前に少し考えろって」
「ここは魔女の森だよ? これがもし、魔女の罠だったりしたら……。さっきまで無かったんだとしたら、ますます怪しいじゃないか、まるで僕達を誘い込もうとしているみたいで」
「そんなに悪い感じはしないけどなあ。先が暗い道とか、危なそうな感じになってたら引き返せばいいじゃないか。一本道なんだしさ」
 ピーターとジェムは、顔を見合わせる。ピーターが、軽く肩をすくめて言った。
「それじゃあ、道が明るい一本道の間だけだ。さすがに、森で一晩過ごす事になったら家族に心配掛けて大騒ぎになっちゃうだろうからね」
「そう来なくっちゃ!」
 パチンと指を鳴らし、意気揚々とフリップは歩き出した。

 道はどこまでも一本で、その明るさも弱まる気配を見せなかった。ピーターとジェムの不安も杞憂だったかと思われたその時、再び強い風が木漏れ日の注ぐ道を吹き抜けた。
 ざわざわと木々が鳴る。風が吹き止んでも、音は続いていた。怪訝に思い立ち尽くしていると、ジェムがフリップの背中を強く叩いた。
「走って!」
「へ? なんで、突然……」
 同じくジェムに背中を叩かれたピーターは後ろを振り返り、慌てた様子で駆け出した。
「後ろ! 道がなくなる!」
 言われて、背後を振り返る。道の両脇に整然と佇んでいた木々が、寄せ合わさるようにして道をふさごうとしていた。道の消滅は、フリップ達を追い立てるように迫って来る。
「うわあ!? 何だあれ!」
「フリップ、早く!」
 ジェムが少し先で立ち止まり、叫ぶ。フリップも慌てて、二人の後を追って駆け出した。
 ザザザ……と葉の擦り合う音が、後を追って来る。振り返る間もなく、ひたすら前へと走る。
 そして突然、左右に立ち並ぶ木がなくなった。
 広大な畑。その向こうに見える家々。森を抜けたのだ。フリップは、へなへなとその場に座り込む。ジェムはフリップを超えた所で膝をつき、ゼイゼイと肩で息をしていた。
「森が……道がふさがる!」
 唯一立ったままのピーターが、背後を指差す。振り返れば、今し方フリップ達が抜けて来た出口が草木に埋め尽くされる所だった。
 出口を閉ざすとこれで役割は終わったとでも言うかのように、森は元の静けさを取り戻した。 


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2014.6.22

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