空は、紅蓮に染まっていた。炎の中を、人々は逃げ惑う。どの通りも、家々の間は狭く整然と立ち並んでいた。火は家から家へと移り、あっと言う間にその町一帯を飲み込んだ。どの家も、庭には厳しい冬を凌ぐための薪が積まれている。これが、火の回りに拍車を掛けた。
「お父さん……お母さん……熱いよぉ……こわいよぉ……」
 親を見失った子供が、通りの中央でうずくまっていた。それに気付いた男は、子供のそばまで駆け寄ると有無を言わせず抱き上げた。
「大丈夫だ。おじちゃんと一緒に、パパとママを探そうな」
 ぽんぽんと子供の背中を軽く叩き、男は再び駆け出す。狭い路地は、どこも火の手に塞がれてしまい通れたものではない。今いる大きな通りでさえ、崩れた家の瓦礫が炎と共に道の随所に転がっていた。
 人々の走る向きは、一定だった。皆、町境を流れる川を目指しているのだ。
 男は、肩に担いだ子供の背中越しに、北へと首をめぐらせる。燃え盛る炎の向こうに見え隠れするのは、青々とした木々。そこには、森が広がっていた。屋根よりも高い大樹が中心となる森は、これほど町に迫っているにも関わらず火は移っていないように見えた。
 男は木々から目を離し、西へ西へとひた走る。この町はもう駄目だ。あんな森が、近くにあるばかりに。
 川へと到達した男は、子供をそっと下ろす。この子供の親を探さなければ。無事、逃げ出していると良いのだが。
「あの、すみません。子供を捜している人は見かけませんでしたか……」
 そばに立つ初老の男に適当に声を掛けてみる。彼は、男の言葉など聞こえていない様子で膝をついた。衣服が水に濡れるのも構わない。彼の瞳は、変わり果てた故郷を見つめていた。
「魔女の呪いだ……」
 怒り、絶望、悲しみ。逃げ惑う人々の胸にわく感情に差異はあれども、その憎しみの対象は等しかった。
 魔女。
 北に広がる森に住まうと言う、災いを振りまく者。


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2014.6.8

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